1982年(127分)/松竹/3080円(税込)

 この数年、ネット上に事実無根のデマや誹謗中傷を書かれてきた。いつまでも泣き寝入りしていては仕事に支障をきたす危険性もあるので、今年になって司法の力を借りることにしており、弁護士先生のお世話になっている。

 テレビドラマでは熱血漢や人情派の弁護士が活躍するが、訴訟を経験して分かったのは、実際に頼りになるのはそうした弁護士ではないことだ。

 こちらの事情や、どのような解決を望むのかをじっくりと聞き、解決に向けて確実に効果的な手段を提示してくれる。そして、裁判官や被告とのやり取りにおいて、こちらの言い分を確実に伝え、求めていた結論を勝ち取る。どう状況が動こうとも全く動じず、経過や結果を的確に連絡し、現実的な展望を教示する。

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 本当にありがたいのは、そうした冷静沈着な弁護士だ。憤りと不安を抱えて臨む身からすると、弁護士が感情を表に出さずに堂々としていてくれると、安心感を得られるのだ。そんな頼れる弁護士に出会えたことで、実に助かった。

 そこで思い出したのが、今回取り上げる『疑惑』だ。

 深夜の埠頭から一台の車が海に落ち、乗っていた富豪は死亡する。同乗していた後妻の球磨子(桃井かおり)は助かるが、富豪に三億円の保険金が掛けられていたことが分かり、殺人の疑いがかかる。前科四犯な上に太々しい態度をとり続ける球磨子に対して、マスコミも世間も犯人扱いして大バッシング。担当するはずの弁護人たちも次々と逃げた。容疑を否認する球磨子だが、味方は弁護士の律子(岩下志麻)の一人だけだった。

 この律子が、まさに「実際に頼りになるタイプ」の弁護士なのだ。彼女が弁護を引き受けたのは、正義のためでも人情に駆られてでもない。誰も引き受け手がいないから、裁判長に頼まれただけだ。そして律子は、プロフェッショナルとして引き受ける。

 結果として、これが球磨子にとって最高の出逢いとなった。球磨子の挑発的な態度やイレギュラーな言動にも、法廷での危機的状況にも、律子は泰然自若。世間からの嫌がらせの電話も一笑に付す。何があろうとも、いつだって揺るがないのだ。岩下志麻がまたいい。知性と貫禄を放ちながら堂々と演じ、その凜としたクールさがこの上ない頼りがいを感じさせてくれる。

 特に素晴らしいのは、検察側の証人たちの証言を覆していく姿。情に訴えかけるでも、強く攻め立てるわけでもなく、粛々と質問をぶつけながらその穴を衝いていく。球磨子を諭す際も、あくまで法律・法廷論に徹する。その理路整然とした様は、これぞ弁護士のあるべき姿と思わせてくれた。