2年前『24時間テレビ』のスペシャルドラマ『無言館』で館主の窪島誠一郎を演じた浅野忠信さん。太平洋戦争・日中戦争で命を落とした画学生が遺した作品を展示する「無言館」の共同館主となった内田也哉子さんとの対談が実現しました。『週刊文春WOMAN2024夏号』より一部を抜粋して紹介します。
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アメリカ軍の引き揚げに伴い家族は生き別れに
内田 浅野さんも私も戦争をまったく知らない世代ですが、浅野さんのご家族は戦争の影響を色濃く受けていらっしゃいますね。浅野さんがゲストの『ファミリーヒストリー』(NHK)はとてもインパクトが強かったです。
戦後、横浜に駐留するアメリカ軍の若い料理兵は15歳年上の日本人女性と恋をして結婚した。浅野さんのお祖父様とお祖母様ですね。やがてお母様の順子さんが生まれますが、アメリカ軍の引き揚げに伴い家族は生き別れに。というのも、お祖母様は渡航手続きまでしたのに日本に残ることを選んで離婚なさったから。
番組の後半は浅野さんと順子さんも出演されて、お祖父様が若い頃に世界大恐慌があって進学もままならなかったこと、帰国後に再婚されたこと、その真面目なお人柄などがお二人の前で次々に明かされていきました。最後にお祖父様が肌身離さず持っていた写真が出てきます。写っているのは髪をカールにした愛らしい少女の順子さん。浅野さんと順子さんも泣いていらしたけど私はもう大号泣。
祖父の消息を調べると、既に亡くなっていた
浅野 あれはやられましたね。祖父が日本に残した母のことを思い続けていた証拠ですからね。
祖母からは「おじいちゃんの祖先はインディアン」と聞かされていて、公式プロフィールにも「祖父の先祖はネイティブ・アメリカン」と書いていたんですよ。
子どもの頃の僕は金髪に近く目も茶色がかっていて、よく英語で話しかけられたんです。自分の容姿は祖父譲りなのかな、祖父のことを知りたいなと思っていました。
30代の半ばに初めてハリウッド映画『マイティ・ソー』への出演が決まり、近所の英語教室に通い始めると、先生が「おじいさんが軍人だったのなら、軍人の識別番号があれば消息がわかるはずだ」と教えてくれました。幸い祖母はその番号を控えていた。先生が親戚のニューヨークの警察官に連絡して調べてくれたんです。すぐに祖父は既に亡くなっていること、インディアナ州に住んでいたことがわかりました。ハワイに住む別の友人もいろいろ調べてくれて、祖父が埋葬されたインディアナ州の墓地を突き止めました。
内田 そこまで捜し当てていたんですか。