「私はむしろそのやり方が好きです」
──撮影当日になって台本をもらうことは俳優として負担になりませんか。
クォン 私はむしろそのやり方が好きです。私たちの日常は今この瞬間が過ぎると、次はどんなことが起きるか分からない。監督の現場もそれと同じなんです。
現場に到着すると同時に、初めてセリフと向き合わなければいけない。脚本を渡されてから30分くらい経つと、「どう? 覚えた? じゃ、合わせてみようか」という監督の声で1時間ほどのリハーサルをへて本撮影に入ります。
現場では監督や俳優全員が集中しているので、たびたび予想もできないマジックのような瞬間が生じます。
──監督の多くの作品に独特のズームイン・ズームアウトが見られますが、それはなぜでしょうか。
クォン 私が考えるには、ホン監督は、撮影現場のすべてを決定してしまう完璧主義者ではありません。自分が書いたセリフやカメラの中に盛り込む要素に常に悩みながら進める人です。
例えば、撮影現場で気になる木の葉があれば、それを作品に取り入れようとしてとっさにズームインをします。彼は話を伝えるのにカットを分けるのは役に立たないという確信を持っているようです。そのためでしょうか。
ワインを飲むシーンは16分越えの長回し
──本作も過去作同様に、ロングテイク(長回し)がありますね。ロングテイクは大変じゃないですか。
クォン ワインを飲むシーンが16~17分ありますね。これまでで一番長いのではないでしょうか。
この間、3人の俳優はセリフを間違いなく自然に会話を続けなくてはなりません。監督はセリフ一文字も変えないことで有名な方ですが、これには大変な集中力が必要になります。
実際にこのシーンを撮っている間、自分が芝居をしている感覚はありませんでした。ただ、相手の話を熱心に聞いて、自分の主張をすること、それだけを考えていました。
監督はフィルムの編集段階で、撮影した順番を変えたりしません。
作品で見るその順に撮ります。だから最終日の最後の撮影がラストシーンになるわけですが、今回午前から始まって日が暮れるまで、その場面だけで30回を超えるテイクがありました。これが一番大変でした。
──本作で一番印象に残るシーンはどこでしょうか。
クォン 本作は複雑な構造を持った映画です。一人の男の心の中にある欲望とその中から抜け出せない姿が、建物の階別で描かれるエピソードと絡み合っています。
ラストシーンで男はなかなか抜け出せなかった建物を出た後も、建物から離れられないのです。監督のこれまでの映画では見られなかった新しくて、同時に寂しくて興味深いシーンです。印象に残るのはやはりここですね。