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「相手が相手なので震えてました(笑)」

 翌日朝、記者会見の前に、伊藤新叡王から対局中の形勢判断などを聞くことができた。

「△7六歩の局面では、▲3四金△4二玉▲4三歩△4一玉に▲7一飛と王手して、飛車で7六の歩を払われていたら悪かったようです。昨夜、ある棋士から電話がかかってきて教えられました。△3三歩で金が捕まるだけに見えませんでした」

 そして、2度目の▲6四桂に代えて、▲5五桂とされていたらどうしたのと聞く。

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「▲5五桂は、△3三玉▲3四金△2二玉▲2四歩に、△8九と▲同金△7九とで、耐えているかと思っていました」

©文藝春秋/石川啓次

 伊藤は1分将棋でも正確に読み切っていた。ということは間違いなく藤井も同様だ。周囲がAIの候補手がどうだとか騒いでいたが、2人では結論が出ていたのか。だから感想戦で最終盤を検討しなかったのか。レベルがあまりにも高すぎないか。

 藤井最後の王手ラッシュは怖くなかったの?

「詰まないのを読み切っていたつもりでしたが、相手が相手なので震えてました(笑)」

 いやいやいや、あなた、落ち着いていたから。そうは見えませんから。

 藤井はいくつもの罠をしかけた。普通の棋士なら△5三銀ではなく玉を引いて寄せられただろう。▲6四桂には妥協して△同銀と取って逆転されていただろう。1分将棋であの王手ラッシュを逃げ切れる棋士もそういないだろう。藤井だから厳しく正しく追い上げられた。伊藤でなければ勝てなかった。

「怪獣がもう一体現れたようなもん」

 その週の日曜日、柏将棋センターで子供教室が終わった後、わが師匠・石田和雄九段との話題もずっと叡王戦のことだった。

「伊藤君は強いねえ。あの銀打ちから銀引きは、大山先生の二枚腰といった感じで。受けが持ち味なんだねえ」

 ふふふ、師弟で同じ感想ですか。

©文藝春秋/石川啓次

 別のベテラン棋士に話を聞いても、第一声はこうだ。

「あのと金使いは大山将棋を彷彿させるね」

 そして、藤井の不敗神話が崩れたことによって、今後どうなるか、他のトップ棋士も奮起するかという話題になり、「あまりにもレベルが高すぎて、八冠の一角を崩したとか、後に続けとか、そういう感じじゃないよね」。

 続けて「むしろ、怪獣がもう一体現れたようなもんだよね」。

 そう、まさにそれ。二体の怪獣がともに21歳なのだから、ふたりで20代のうちにどれほどタイトルを獲得するのだろうと思ってしまう。

 常磐ホテルからバスで駅に向かう。窓に目をやると、ホテルのスタッフの方が見えなくなるまで手を振っていた。また名局が名宿に刻まれた。次に大勝負が甲府にやってくるのは、いつになるだろう。

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