同学年の2人がひのき舞台で顔を合わせるのは将棋界の新時代を到来させる出来事かと思っております。

羽生善治九段(2023年10月5日、第36期竜王戦七番勝負第1局前夜祭のスピーチ)

こうなったらNHK杯戦で優勝して、タイトルも取り、「藤井聡太を最後に泣かせた男」から、「藤井を泣かせる男」になってほしい。そして「俺は羽生善治と伊藤匠の両方とNHK杯戦で戦ったことがあるんだぞ」と自慢させてくれ。

勝又清和七段(「NHK将棋講座」2023年7月号、NHK杯1回戦第8局・勝又清和七段ー伊藤匠六段 自戦記)

挑戦者・伊藤匠七段 ©文藝春秋/石川啓次

 日本中が注目する第9期叡王戦五番勝負第5局は、6月20日、山梨県甲府市の常磐ホテルで行われた。藤井聡太叡王に対して挑戦者・伊藤匠七段が先に2勝。第4局はカド番となった藤井が勝ち、フルセットにもつれこんだ。本局で藤井が勝てば叡王防衛で八冠維持、伊藤が勝てば初タイトルとなる。

伊藤が藤井のサービスゲームを受ける構図に

 最終局の舞台となった常磐ホテルは、皇室の方々も御宿泊されてきた名宿で「甲府の迎賓館」とも呼ばれる。昭和の時代から将棋・囲碁の名勝負が繰り広げられ、その歴史は館内に写真や扇子とともに展示されている。シリーズの決着局が多いのは、早々に決着してキャンセルになってしまう恐れもある後半戦でも引き受けてくれるからだ。

 担当者の小沢行広さんは他の対局場を年に何度も視察するほど熱心で、対局者の表情から要望を察してきめ細かやかなサービスを提供している。裏方の方々の心遣いがあって、対局者は勝負に集中して臨めるのはいうまでもないだろう。今回も将棋界への情熱あふれるホスピタリティで、我々を出迎えてくれた。

ADVERTISEMENT

 番勝負でフルセットになると、最終局では改めて振り駒で先後を決める。対局開始前、記録係の福田晴紀三段は入念に駒を振ってから放り投げた。歩が3枚で藤井叡王が先手に。先手のほうが主導権を握りやすいため、伊藤が藤井のサービスゲームを受ける構図になった。

藤井聡太叡王 ©文藝春秋/石川啓次

 私は安食総子女流二段とともに、見届人(※スポンサーになった将棋ファンが対局室や控室で対局を見守る、叡王戦ならではの制度)のアテンド役を務めた。対局翌日に伊藤にゆっくり話を聞く機会があったので、そのインタビューも交えて伝えたい。