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両者とも着物が着崩れている。まさに死闘だ

 藤井は11分ほど考えた末に▲6六銀と上に逃げる。先の「6六銀」でペースを掴んだ藤井だが、2度目の6六銀は問題の一着となった。続けて伊藤に8筋の歩を突かれ、藤井の手が止まる。藤井の誤算は逃げた銀が目標になってしまったことだ。やむなく、7筋の一段目に飛車を打ち、飛車銀両取りの角打ちにも飛車を成り返って守る。そこで伊藤が逆サイドで沈黙していたと金を入り、金取りにぶつけたのが妙手。これで相手の金を動かして飛車を打ち、なんと穴熊の藤井玉に先に詰めろが掛かった!

 青野が「このと金が勝利のと金になったらすごいよね」と感嘆の声をあげた。

現地大盤解説会担当の松尾歩八段と貞升南女流二段 ©文藝春秋/石川啓次

 私はとっさに、大山康晴十五世名人のことが頭をよぎった。大山と言えば「と金使いの名手」だ。30年以上前、私が記録係を務めたA級順位戦でも「△4九と」という手があったなあ(1989年の対塚田泰明九段戦だった)。大山先生は66歳だったにもかかわらず、迫力あったなあ……。伊藤くんの落ち着きぶりと胆力はすごいなあ……というか、対局者は2人とも21歳!? 逆サバ読んでいない?

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「8筋の歩を突いた局面が難しかったのが幸運でした。相手が長考しているときに、と金入りを発見できたのが大きかったです」(伊藤)

 最大1時間以上も持ち時間に差をつけていたのに、藤井が先に一分将棋に追い込まれた。伊藤が穴熊に向かって桂を連打して迫れば、藤井は竜を穴熊城内に引き入れて籠城戦の構えだ。伊藤が攻め、藤井が粘る。両者とも着物が着崩れている。まさに死闘だ。

©文藝春秋/石川啓次

 伊藤は最後の持ち歩を穴熊脇に打ってさらにと金を作り、最初のと金はひたひたと6九まで到達した。2枚のと金と飛車に包囲され、もう受けきれないから打って出るぞ――58秒まで読まれて藤井は桂を持った。そして打った場所は、ええっ、王手になる5五ではなく銀取りの6四!?

 なるほど、駒が入ったら詰ますぞと脅したのか。さすがにこれは意表をつかれただろう。伊藤は持ち時間最後の30秒プラス秒読みの1分を費やして、金を2枚も渡しながら先手陣の竜をとらえて必至をかけた!

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