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 さて戦型は藤井の角換わりを伊藤が受けて立ち、これでシリーズ5局すべてが角換わりになった。伊藤は右玉に構え、藤井は穴熊に組み直す。先手が飛車先を交換した瞬間に後手が動く展開は、局面は違えど第4局(伊藤が穴熊、藤井が右玉)と似た進行である。伊藤が角を敵陣に打ち込んだのに対し、藤井は自陣角を放って桂頭を攻める。かなりのところまで両者の研究範囲だったのだろう、午前中に68手も進んだ。ともに相手の桂を取れる激しい展開で昼食休憩に入る。注文は藤井が天ぷらそばで伊藤がカレーライス、なんだか羽生と森内を思い出させるメニューだ。

©勝又清和

思わずのけぞった藤井のすさまじい手

 午後1時に対局再開。藤井は自陣にいる相手と自分の角を交換して盤上から消し、先に桂得を果たす。だが自分の右桂は取られる寸前で、と金も作られているので難しい。しかも次に飛車金両取りの角打ちがある。さあ、手番を生かしてどう攻めるか。立会人の深浦康市九段、現地大盤解説会担当の松尾歩八段と貞升南女流二段とともに検討する。「穴熊が堅いとはいえ、このままだと攻めが切れるぞ」と見ていると、なんと藤井、▲6六銀直! 銀を歩頭に体当たりしたのだ。私は思わずのけぞり、深浦も「すさまじい手ですね」と驚いた。

立会人を務めた深浦康市九段 ©文藝春秋/石川啓次

 午後1時半の手ではない。5分の考慮で指せる手ではない。すなわちこれは研究手だ。

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 将棋界随一の研究家である伊藤と戦うためには、ここまでやらねばならぬ。研究は武器ではなく防具であり、伊藤相手にこの一発で決まるとは思ってはいない。

「▲6六銀直は軽視していましたが、決断が早かったので研究だろうとは思いました」(伊藤)

 藤井は銀を取らせて無理やり空けたマス目に王手で桂を放り込み、打った桂をすぐに成る。伊藤の金銀の密集地、藤井のもう1つの桂が利いた穴に。ここから猛攻。しかし伊藤も玉を上がり、飛車の王手には歩を合い駒してから逃げる。藤井のハードパンチをギリギリでかわす伊藤。