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「藤井を泣かせた男」が「藤井に勝って泣いた男」になった

 両対局者は対局室でのインタビューに答えた後、大盤解説会場へ。

「シリーズを通して終盤のミスが結果につながってしまったと思います。それと同時に伊藤さんの強さを感じるところも本当に多くあったので、それを糧にしてまた頑張っていきたいと思います」

 と、藤井は述べた。

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©文藝春秋/石川啓次

 対局室に戻っての感想戦。遠くから見ていたので、はっきりとはわからなかったが、伊藤は目に涙をにじませていたような気がする。棋士になって初めての藤井との対戦は、2021年12月の非公式戦の新人王記念対局。それから叡王戦第1局まで、持将棋1局を挟んで12連敗もした。一般の男性ならまだ多感な時期に、タイトル戦で7連敗も食ったんだ。それでもめげずにタイトルを奪ったんだ。八冠王藤井聡太からタイトルをもぎ取ったのだ。そりゃ泣けるよなあ。「藤井を泣かせた男」が「藤井に勝って泣いた男」になったのだ。

「藤井さんのおかげでこういう舞台に上がれている」

 タイトル戦23回目にして初めての敗退にもかかわらず、感想戦で藤井はよく喋った。時折笑みも浮かべ、いつも通り駒をクルクルと回した。楽しそうだ。

藤井はいつも通り駒をクルクルと回す ©勝又清和

 12年前、偶然指した2人がこうやってタイトル戦のひのき舞台で戦う。

 体は大きくなった。21歳とは思えぬほど落ち着いている。あのころの伊藤は声が高かった。なにもかもが変わった。しかし、変わらぬものが1つある。2人とも将棋が好きで好きでたまらないのだ。

 などと感傷にふけりながら感想戦を見守っていると、あれっ、▲6四桂と打った局面までいかずに感想戦は終わっちゃったよ。まあ両対局者とも疲れ切っていたからなあ。

 感想戦が終わり、見届人が新叡王に挨拶しているときに、役得とばかり写真を1枚とった。おおっ、疲れ切った良い表情ではないか。この1枚が今日のすべてを物語っているなあ。

感想戦が終わり、見届人が新鋭王に挨拶した際の一枚 ©勝又清和

 記者会見で、伊藤は答えた。

「自分はずっと藤井さんを追いかけてここまで来られたと思っていますので、藤井さんがいなかったらタイトルも取れなかったと思いますし、藤井さんのおかげでこういう舞台に上がれているのかなと思っています」

 ああ、森内の言葉と同じだ。これからも同世代のライバルが競い合ってタイトル戦で戦っていくんだ。1993~1995年、竜王戦では羽生ー佐藤康光が、王位戦では羽生ー郷田真隆が、いずれも3年連続七番勝負を戦った。羽生ー森内は2011年から2014年にかけての4年連続を含めて計9回も名人戦で激突している。

 この若い2人も、ずっとずっと戦うのだろう。来期、藤井が挑戦者になったらすごいなあ。