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作家になって11年、ずっと使っていなかった真っ白な部分があった。それが女性の部分でした──道尾秀介(1)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2016/08/27

genre : エンタメ, 読書

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道尾秀介(みちおしゅうすけ)

道尾秀介

2004年『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、デビュー。07年『シャドウ』で本格ミステリ大賞、09年『カラスの親指』で日本推理作家協会賞、10年には『龍神の雨』で大藪春彦賞、『光媒の花』で山本周五郎賞、11年『月と蟹』で直木賞を受賞。主な作品に『鏡の花』、 『笑うハーレキン』、 『ノエル』、『プロムナード』など。最新刊は『スタフ staph』。

――「週刊文春」に連載していた『スタフ staph』(2016年文藝春秋刊)が刊行されて、大変な評判になっていますね。どんどん話が転がっていって、にぎやかで楽しく、そして切実さも見えてくるストーリーです。出発点はどこにあったのですか。

スタフ staph

道尾 秀介(著)

文藝春秋
2016年7月13日 発売

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道尾 出発点は主人公の造形でした。これは僕にとって長篇で初の女性主人公なんですね。いつも長篇を書くときは、それまで書いたことのない主人公像を考えるところから始めるんです。年代や立場、スタートの時点で不幸なのか幸福なのか、心理的あるいは物理的な自由度をどれくらい持っているのか、とか。そのなかで、今まで使ったことのない人を選んでいきます。今回の作品を書くとき、作家になって11年間ずっと使っていなかった真っ白な部分があって、それが「女性」でした。

 別にその前の作品で女性主人公にしてもよかったんだろうけれど、まだちょっと自信がなかった。作家になって11年くらい経って、ようやく女性主人公が書けるかなという気持ちになってきたんです。やっぱり生まれてこの方ずっと男性だったから、女性を書く時、女性作家にはかなわないという思いがあって。たとえば北海道の自然を描写するのに、北海道で生まれ育った人にはかなわないんじゃないかというのと同じですね。そういう気持ちがあってずっと書かずにいたんですが、考えてみたら川端康成も谷崎潤一郎も、みんな男性なのにあんなに女性から絶賛される女性を書いている。まあ格も時代も違うけれど、大きな意味では僕だって同業者じゃないですか。だから自分にもできるかもしれない、と思って。

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 そういう時に、いいタイミングで「週刊文春」から連載の依頼がきたんです。実はあの雑誌って、20代の女性読者がすごく多いんですよね。20代女性と、年配の男性が多いんだそうです。

――そうなんですか。タレントの話題が多いからでしょうか。

道尾 そう。それと、表紙が下世話じゃないっていう(笑)。他の週刊誌だと、女性は少々レジに持っていきにくいのかもしれないですね。男性でもそこそこハードル高いですから。とにかく、その読者層のこともあって女性主人公を描くことに決めたんです。それから、まあこう言うと時代錯誤か分からないけれど、女性は男性に比べて料理が上手な人が多いイメージがありますよね。昔と違うとはいえ、現代でもやっぱり女性と料理のイメージはマッチすると思うんです。僕自身も料理が好きなので、作中に料理の描写を入れたいと思いました。でも、たとえばキッチンで料理をしている人だと、シーンに動きがない。じゃあ料理のほうを動かしたらどうたろうと思い、移動デリを思いついたんです。

――移動デリについては取材をされたのですか。デリのメニューも美味しそうですよね。

道尾 実際に移動デリに料理を食べに行って、はしごしていました。食べ終わったら、車の裏に回って中を執拗に覗き見たり。猛烈に忙しそうなので話しかけられないから(笑)。そうすると、車内が暑いので中で扇風機を回していたり、プロパンガスのボンベがあったり電源コードが這わせてあったりと、ストーリーに登場させたいと思えるものがいっぱいあって、もう移動デリの主人公以外は考えられなくなりました。

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