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読者に自分が巻き込まれているようなスリルを味わってほしかった

――主人公の夏都さんは離婚後、中学生の男の子と暮らし、一人でワゴンを走らせ移動デリでランチを販売しています。ランチタイムに駐車を許可してくれる場所を確保するのも大変で精いっぱいの毎日ですが、でも絶望的な状況でもないという。それが、ひとつの出来事をきっかけにとある芸能界のスキャンダルの流出を防ぐため、中学生アイドルのカグヤに協力することになるんですよね。

道尾 お客さんもついてはいるんだけれども、結婚していた頃のマンションに住んでいるから家賃が高い。でも離婚の悔しさや自分のプライドがあって引っ越せない。そういう自分のわだかまりが大変な状況を作っていると半分気づきながらも、そこから抜けられない時って、性別にかかわらず誰でもありますよね。現代人がよく抱えている悩みを軸に持っている人を主人公にしたかったんです。そういう人が、いろんなことに巻き込まれていくという。

 そう、やっぱり巻き込まれ型のストーリーにしたかったんですよね。たとえば主人公が探偵や警官、あるいはミステリーファンなどでしたら、自ら進んでストーリーを作っていく側に回ると思うんです。でも今回は、読んでいる人が、自分が巻き込まれているような感覚になるストーリーを作りたかった。しかも、やりたくはないんだけれども、いつの間にか自ら後に引けないところに足を踏み入れているという、そのリアル感とスリルを味わってほしかったんです。

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 もう一つ、「家族とは何か」という、ずっと追いかけているテーマがあるので、それを今回も書きたいという思いがありました。主人公の夏都は、中学生の甥っ子と暮らしている。本当の息子でさえ接するのが難しい年頃なのに、かつ叔母と甥の関係で、二人暮らし。そのへんの難しさを書きたかったんですよ。スタートの時点で、いろんなことをアンバランスにしたかった。生活もギリギリだし、お客さんにも波があるし、一緒に暮らしているのは息子ではない中学生の思春期の男の子。そして自分の離婚に対するわだかまりを捨てきれずにいれば、元夫の浮気相手に対する怒りもおさまっていない。

瀧井朝世

――夏都さんは仕事の上でセクハラめいた目にあいますが、関わることになる出来事も、ある女性が女性ゆえに追い詰められそうになっていますよね。

道尾 女性だからこそ降りかかる理不尽な出来事をよく聞くので、それも書かせてもらいたかったんです。すごく助かったのは、雑誌の担当者も単行本担当者も夏都さんと年の近い、一人暮らしをして精神的にも自立している女性だったこと。本当は女性主人公を書くことの不安はまだあったんですけど、何か間違ったことを書いたら彼女たちが止めてくれるだろうという安心感がありました。それでのびのび書けましたね。

――夏都さんはどういう女性をイメージしていましたか。

道尾 こだわりが多い、捨てられないものが多い。これは実体験としてなのですが、どちらかというと男は料理も大雑把で、調理した後でも冷蔵後に食材が大量に余って、それも腐るまでそのままだったりする(笑)。でも女性は全部をちゃんと使い切ろうとするという印象があるんです。夏都さんの世間への対峙の仕方もそうなんですね。

 いろんなことを繋げて考える傾向のある人なので、目の前で聞かされた事情と自分の経験を繋げて考えて、放っておけなくなるんですよね。作中にも出てきますが、自分が枕営業を持ちかけられて拒絶した経験と、他のある人物が枕営業を持ちかけられたことを同列に考えて、その人物がその提案を受けたと知って、自分のことではないのに強い悔しさを感じる。共同で守るべきものを彼女は裏切ったというような悔しさ。これは女性からよく聞くのですが、女性は、同じ性を持つ者同士の結束感みたいなものを持つときがあるんだそうですね。男同士だと、どんなに仲がよくてもその感覚は全くない。

 ひとつ大きかったのが、編集者とディスカッションしている時に、もし枕営業なんて持ちかけられたら、それだけで何か自分の中から盗られたような悔しさを感じるかもしれない、と言われたことです。そうした女性の感覚を盛り込んだことで、小説に奥行きが出てくれました。

――以前、ある作家の方が言っていたんですが、女性作家が男性を書いてもあまり何も言われないのに、男性作家が女性を書くと「女が書けてない」と言われやすいって。確かにそうですよね。

道尾 そうそう、男の場合は、女性作家が男性を書いているのを読んで「そうか、こういう男がいいのか」と思って、自分がそっちに寄ろうとしますからね(笑)。なんでだろう。やっぱり女性上位ってことでしょうかね。