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作家になって11年、ずっと使っていなかった真っ白な部分があった。それが女性の部分でした──道尾秀介(1)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2016/08/27

genre : エンタメ, 読書

note

意味のわからない単語をタイトルにしたのは今回が初めて

――夏都さんはカグヤさんやその仲間、そして甥っ子の智弥君や彼が通う塾の菅沼先生たちと、ある出来事の解決に奔走することになります。他人同士だった人たちが集まってチームを組んで何かを解決していく、というのは『カラスの親指』(08年刊/のち講談社文庫)あたりから系譜としてありますよね。『笑うハーレキン』(13年刊/のち中公文庫)もそれに近いし、『透明カメレオン』(15年KADOKAWA刊)とか。

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)

道尾 秀介(著)

講談社
2011年7月15日 発売

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笑うハーレキン (中公文庫)

道尾 秀介(著)

中央公論新社
2016年1月21日 発売

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透明カメレオン

道尾 秀介(著)

KADOKAWA/角川書店
2015年1月30日 発売

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道尾 ありますね。やっぱり書いていて楽しいし、読んだ人が楽しいと言ってくれる。バリエーションもいろいろあるので。たとえば車での移動ひとつにしても、運転手は主人公なのか、別の人なのか、男性なのか女性なのか、いろいろバリエーションがつけられる。みんながそれぞれの特技を出し合って、結束して、なんとかその場の状況を打破しようというシチュエーションも好きですが、今回にいたっては、誰も何も特技がない。何かが「足りてない」という特徴を持つ人たちの集団なんですよね。智弥だけが異常にパソコンの扱いに長けていますけれど。このバリエーションも、書いていてとても楽しかったです。

――私は菅沼先生のキャラクターがとても好きでした。数学の頭脳はずば抜けているのに、女性に対して奥手過ぎて気持ちが手に取るように分かってしまう。

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道尾 やっぱり女性を主人公にするからには、今まで男性主人公でやってきたことを女性主人公にもいろいろやってもらいたいなと思ったんです。そのなかに恋愛というのもありました。女性視点で男性に惚れられる話は書いたことがなかったので、やってみたくて。でもやっぱり、相手は格好いいやつであってほしくなかったんですよ。なんでだろう。自分に自信がないから、焼きもちやいちゃうんですかね(笑)。たぶん、こいつなら自分と仲良くなれそうという人を出す傾向があるんじゃないかな。菅沼先生みたいな人が実際にいたら、僕、すごく仲良くなっていると思うんですよ。自分にストレートに生きていて、でもストレートすぎていろんな失敗をしてしまう。けれども、たまにフロックで相手の心をつかんでいるという。

――それにしても二転三転で先の見えない展開ですね。

道尾 これまでは、先が見えないところに巻き込まれていくというのはやったことがなかったんですよ。真相のために伏線で二転三転させるというのはやったことがありますが、実は今回はパターンとしては新しいんです。こうするとすごくスピード感が出るんですね。

――そしてラストにはある人物の隠された思いが分かって、切ない気持ちになります。

道尾 本当にいいところに着地できたと思います。菅沼先生の話で、等式の右辺と左辺という話が出てきますが、生身の人間は、立場や年齢によって等式が違うということを書きたかったんです。今回、ある出来事に対して重要な役割をはたしている人の心の中にある等式と、それに関わっている人たちの心の中にある等式があまりに違っていたせいで、ああいう結末になった。誰もの抱えている等式の右辺左辺が一緒だったら、ああいうことは起きないんですよね。

――タイトルの「スタフ」はいつ思いついたのですか。

道尾 書きながら、ずっとタイトルを決められずにいたのですが、終章に取りかかっているときにふっと思いつきました。意味のわからない単語をタイトルに採用したのは今回が初めてです。いまは言葉の意味なんてスマホですぐに調べられるし、それこそ書店さんの店頭で調べてくれる人もいるだろうけど、どうしてこの作品がこのタイトルなのかという理由は、ラストまで読まないとわからない。カバーのイラストにも、読み終えてから眺めてみると別のものに見える、という仕掛けも施してあります。

――新聞連載はこれまでにもありますが、週刊誌での連載は初めてですよね。話の展開のさせ方などが違ったりするんでしょうか。

道尾 だいたいこのくらいで1回分、というのを頭の中に思い描きながら話を作っていきます。エンターテインメント長篇は、ある程度のリズムで波が来ないと飽きてしまうものですが、週刊誌の連載1回分の長さは、その波のリズムをつくるのに、もうほんとに理想的な分量でした。1回何かが起きて、「ん?なんだろう」と考えさせ、次に何かが起きるまでが、ちょうど1回分の長さ。これが新聞連載になっちゃうと、1回分の中で1回何かを起こすと情報過多になってしまって、逆に読み心地が悪くなるんですね。だから新聞連載の場合は5回に1回くらい波が来るように調整していました。