1ページ目から読む
6/6ページ目

物語に扇の“要”を作りたい

――ところで、『向日葵の咲かない夏』はご自身では救いのあるハッピーエンドだと思っていたら、そう受け取らない読者が多いことに驚き、それでもっと分かりやすい形で書いたものが『シャドウ』(06年刊/のち創元推理文庫)だったそうですね。これで本格ミステリ大賞を受賞するわけです。

シャドウ (創元推理文庫)

道尾 秀介(著)

東京創元社
2009年8月20日 発売

購入する

道尾 『向日葵の咲かない夏』ではじめて長篇で少年を書いたんですよね。そうしたらすごく自分に合っていたということもあるし、もっとストレートに救いを書いてみよう、ということで、『シャドウ』でもう一度、少年を主人公にして救いの物語を書きました。

――救いというのは道尾さんの大きなテーマにもなっていきますよね。その次の『片眼の猿』(07年刊/のち新潮文庫)ではまたテイストが変わって、盗聴専門の探偵が主人公で。

ADVERTISEMENT

片眼の猿―One-eyed monkeys (新潮文庫)

道尾 秀介(著)

新潮社
2009年6月27日 発売

購入する

道尾 それまでの作品は田舎か地方都市が舞台だったので、自分が実際に過ごしてきたような都会の話を書きたかったんです。そしてサプライズの新しいパターンも。サプライズを入れることで大きな感情やテーマをこんなにもうまく伝えられるんだということをしっかり認識しはじめた時期ですね。それを明確な意図をもって試してみたのが『片眼の猿』です。

――お前も先入観や偏見を持っていないか? と読み手につきつけてくるような話になっていますね。映像化も不可能ですし。じゃあ、『ソロモンの犬』(07年刊/のち文春文庫)はいかがでしょう。青春小説です。

ソロモンの犬 (文春文庫)

道尾 秀介(著)

文藝春秋
2010年3月 発売

購入する

道尾 そう、青春の芽生えは『シャドウ』や『向日葵の咲かない夏』で書きましたし、青春が終わった人たちのことも『背の眼』のシリーズで書いていましたが、青春真っただ中を書いたことがなかったんです。恋愛があって、でもただ恋愛をしているだけではなく、そこに少年の哀しい死や、一匹の犬の謎の行動が描かれ、その行動を分析できる人物が登場したりする。青春は書きたかったけれど、ただの恋愛ものじゃない何かが書きたくて。

――次の『ラットマン』(08年刊/のち光文社文庫)で描かれるのは青春の終わりですよね。30代のアマチュアバンドに、ある事件が起きるという。『ソロモンの犬』もそうですけれど、知覚の危うさが題材になっていますね。

ラットマン (光文社文庫)

道尾 秀介(著)

光文社
2010年7月8日 発売

購入する

道尾 これはですね、「青春の終わりを書きませんか」と編集者に言われたんですよ。僕も以前にロックバンドをやっていて、自分以外の人間はいまだに頑張ってやっているのに僕はやめてしまったというすごく大きな後悔があったんです。だから「青春の終わり」と言われた時に、バンドや音楽というものが真っ先に浮かんだんですね。

『シャドウ』でも書いていますが、心理学に興味があったので、当時いろんな本を読んでいたんです。もう趣味になっていたくらいで。その中にラットマンの絵というのを見つけて、これは面白いなと思って。

――ラットマンの絵だったり、100匹目の猿の話だったり、犬の行動原理だったりと、作品に鍵となるユニークな言説やエピソードが挿入されますよね。

道尾 物語の“要”を作りたいんですね。扇の“要”です。それがあると、バラバラにならない。

(2)に続く