現在進行形のロシアのウクライナ侵攻に関連し、ロシアのプーチン大統領に2023年3月、ウクライナの子供たちをロシア領内に違法連行した戦争犯罪容疑で国際刑事裁判所(ICC)が逮捕状を出したことは記憶に新しい。こうした戦争犯罪を司法の場で裁いた初の試みは第二次世界大戦後にナチス・ドイツ関係者に対して行われたニュルンベルク裁判である。
本書は、ナチスの戦争犯罪に手を貸した企業家たちと、彼らをほとんど裁けなかったニュルンベルク裁判、そして現代に続く彼らの血統を克明にたどった労作だ。しかも登場する企業家たちが経営していたのはポルシェ、フォルクスワーゲンなどドイツはおろか日本、そして世界中によく知られた企業ばかりなのである。
ナチスと企業家の接触のきっかけは1933年。ドイツ議会第一党となったナチスの党首ヒトラーは首相に任命されるも、連立政党と合わせても過半数を得られず、乾坤一擲の総選挙に打って出る。しかし、当時のナチスの財政は火の車。結果、献金を得るために企業家たちを呼び寄せ、半ばキツネにつままれた状態で彼らが応じたことがすべての始まりだった。献金を得て総選挙で大勝利を収めたナチスの下、ドイツでは第二次大戦終結後まで民主的選挙は行われなくなった。
民主主義を売った見返りに企業家たちには巨万の富を得る道が与えられた。ナチスが行ったユダヤ人企業を非ユダヤ人に強引に売却させる「アーリア化」を通じ、ドイツとその占領地で数多くの有力企業を買い叩いて傘下におさめたのだ。本書で詳細に描かれたそのプロセスでは、企業家たちは血も涙もないゲームを楽しんでいるかのようにすら映る。
そうして巨大化した彼ら企業グループの多くが武器製造に関与し、周辺諸国へ侵略を進めるナチスを最大の顧客とした。彼ら企業には労働力としてナチスの収容所にいたユダヤ人や敵国捕虜が提供された。おぞましき負の相互依存システムが確立されていたのだ。
しかも、戦後、連合国から戦犯としての訴追を受けた企業家たちは、あの手この手、時には検察官の性的指向情報による脅しまで駆使し、多くが無罪を勝ち取った。経済人としての地位と財産を取り戻した彼らとその子孫は今なお富豪として君臨し続けている。
「企業は生き物」とよく言われるが、利潤追求集団の機能を徹底すると、企業を動かす人という生き物はこうも非情かつ鉄面皮になれるのかと驚くばかりだ。
著者は祖父母がナチスの迫害を受けた人物で、本書内でもドイツ人への敵意を隠していないが、その点を割引いたとしてもなお、緻密な文書解読と取材力には驚嘆する。同時に第二次大戦後80年を経てもなおナチス問題は「恩讐の彼方」とは言えないことを改めて実感させられる。
David de Jong/オランダ出身。ジャーナリスト。「ブルームバーグニュース」の記者として、ナチス時代の億万長者の過去をスクープ。現在、オランダの日刊紙「フィナンシャル・デイリー」の中東特派員としてテル・アヴィヴ駐在。
むらかみかずみ/1969年、宮城県生まれ。ジャーナリスト。医療、災害・防災、国際紛争を取材。近著に『二人に一人がガンになる』。