『オパールの炎』(桐野夏生 著)中央公論新社

 その女性は、女のために闘った。その女性は、何人もの男を社会的に葬った。彼女は憧れであり、社会の笑いものだった。彼女は正義を貫いたが、お金に執着しているようにも見えた。彼女は美しかったが、奇抜な変人でもあった。彼女の名は全国に知れ渡っていたが、ある日突然姿を消した。彼女は人々に感謝され、そして激しく恨まれた。彼女の名を榎美沙子という。

 今から約50年前、ピンクのヘルメットをかぶり、女の権利を謳い、その過激さで知られた榎美沙子を彷彿させる“塙玲衣子”の物語。今はその生死もわからない“塙玲衣子”の過去を知る15人を、40代のノンフィクションライターが『婦人公論』連載のために訪ねていく。

 実際、本作は『婦人公論』で連載されたものだが、ノンフィクションライターが描くルポルタージュの体で描かれる小説である。フィクションとノンフィクションの境界が錯綜し、読者は否応なしに、日本社会に強烈な爪痕を残した女の息づかいを生々しく味わう。彼女は、いったい、何者だったのか。

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「中ピ連」(本作中では『ピ解同』)とは、「中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合」の略称だ。日本のウーマンリブといえば「中ピ連」が真っ先に語られるほどのインパクトはあったが、所詮はキワモノとしての扱いであり、なにより榎は仲間が離れていくリーダーだった。

 私も当時の女性活動家たちを取材したことがあるが、榎については「嫌い」「信用できない」と辛辣な評価を下す人が少なくなかった。多くの女性にとって、京都大学薬学部出身のエリートで、医師の夫がいる榎は「信用できない」側の女だったのかもしれない。

 それでも、テレビに映る榎を「下品な女」と大人の女たちが顔をしかめる横で、美しく着飾り、ひょうひょうと男を攻撃する榎美沙子の格好良さを鮮やかに覚えている「当時の女の子たち」は少なくない。

 彼女は男の痛いところを突いたのだ。不倫する男の勤め先まで行き、会社の前でデモをした。男を徹底的に攻撃し、恥をかかせた。男の“お気持ち”など一切無視し、「フェミニズムは女だけのもの」とばかりに、女の宗教、女の政治団体をつくり、男との戦争を始めたようなものだった。

 そんな彼女の闘いは女の子を覚醒させた。それではなぜ、彼女は消えなくてはならなかったのか。

 男を敵に回す怖さを知らない女を、男たちは決して許さない。男の怒りを淡々と描きながら、物語は思わぬ方向に向かっていく。

 女の身体を取り戻すために闘った女の物語は、今を生きる女たちに覚悟を迫るものだった。それは一気に、腹の深いところに突き刺すような力で。私の身体は私のもの、その当然の権利のための闘いは、まだ終わっていないのだと。そして「彼女」は正しかったのだ、と。

きりのなつお/1951年石川県生まれ。98年『OUT』で日本推理作家協会賞、99年『柔らかな頬』で直木賞、2011年『ナニカアル』で読売文学賞、23年『燕は戻ってこない』で毎日芸術賞ほかを受賞。24年日本芸術院賞受賞。日本ペンクラブ会長。
 

きたはらみのり/1970年、神奈川県生まれ。作家、フェミニスト。シスターフッド出版社「アジュマブックス」代表。著書多数。