数字の公開で変わった、選手たちの練習への取り組み
女子バレーでは、だいたい練習の最後にゲームをすることが多い。そのデータもパソコンに入力し、翌朝、監督がチェックしてから次の練習に臨む。その数字を見ているとき、パッとひらめいた。このデータを毎日大きな紙に書き出して、体育館の壁に貼り出す。そして、「数字のいい選手をレギュラーとして使う」と宣言するのだ。
それまではデータを見るのは基本的に監督やコーチ陣のみだった。それを選手全員に公開すれば、個々のパフォーマンス、調子の良し悪しが一目瞭然となり、起用の基準も明確に示すことができるというわけだ。
実際にやってみると、最初のうちは不評だった。自分の数字がよくないと、居心地が悪いと言うのだ。しかし、そうなればしめたもの。「だったら、数字がよくなるようにがんばればいいやないか」と叱咤激励できる。
数字を公開するようになってからしばらくすると、選手たちの練習への取り組みが変わってきた。一本一本のスパイク、サーブ、レシーブを大切にするようになり、練習の質が高まったのだ。
数字がもたらした副産物
副産物がもうひとつあった。選手たちが数字の見方、意味に興味を持つようになったのだ。たとえば、いままでスパイク決定率だけを気にしていた選手が、効果率にも興味を持つようになった。決定率がよくても効果率が悪いということは、ミスも多いということ。その原因はどこにあるのか? 改善するためにはどうしたらいいのか? 選手自身が問題意識を持ち、コーチに相談するようになった。コーチは映像を見せながら改善点を指摘し、練習方法を工夫する。その積み重ねで個々のパフォーマンスが上がり、バレーへの理解も深まる。
つまり、公平性を担保するために採り入れた“数字”が、チーム力の底上げにもつながったのである。数字を壁に貼り出す方式は、現在の日本代表でも続けている。
とはいえ、数字は万能ではない。試合の流れを変えるレシーブ、チームを勢いづけるブロック、ムードを盛り上げる掛け声など、数字には表れないが、勝敗に大きな影響を与える要素もある。監督は絶えずそういう点にも目を配らなければいけない。
また、ときには数字を出さないほうがいいケースもある。ロンドンオリンピックの前、レシーブ強化のため、毎日レシーブの数字を発表していたときのことだ。ある朝、壁に貼り出す前に確認したら、正セッターの竹下佳江より控えの中道瞳の数字のほうがよかった。二人ともレシーブがうまい選手。普段なら切磋琢磨を促せばいい。しかし、いまはオリンピック前の大切な時期。竹下と中道がむやみに張り合ったら、チームがまとまらなくなる。この数字を発表するのはまずい……。
「公平性が大事と言いながら、不公平じゃないか」と思われるかもしれない。ただ、数字を発表するのは、もともとチームの競争意識を適切にコントロールするためだ。“数字”にはいい面もあれば、悪い面もある。もう時効だろうから告白するが、後にも先にも意図的に数字を発表しなかったのは、そのときだけだ。