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スパイカー側の「打ってあげる」という意識

 ひとしきり古賀の考えを聞いたあと、私はセッター陣の気持ちを伝えた。

「でもな、紗理那、おまえセッターの気持ちが分かってないよ。みんなおまえにすごく気を遣ってるんや。だから、他のところに神経が回らない。それでますますコンビがうまくいかないんやないか? それについてはどう思う?」

 古賀は「えっ……まったく気づいてなかったです」と言葉に詰まっていた。

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「おまえは日本のエースでキャプテンやろう。セッターを育てるのも、おまえの役目じゃないのか? 自分が『打ってあげる』という気持ちになってみたらどうや。いまのようにセッターが気を遣ってる状態じゃ、チームは勝てっこないよ」

 古賀はショックを受けた様子だった。

 タイミングよく、スパイカーが打ちやすいボールを上げるのがセッターの仕事だ。スパイカーのほうから「もっとこういうトスを上げてほしい」と要求することも大事。私も監督として、セッターには「もっと速く!」と要求し続けてきた。しかし、最後はスパイカー側に「打ってあげる」という意識も必要。そうしなければ信頼関係は成り立たない。

「紗理那、最後はおまえ次第だと思うよ」と言うと、彼女は「分かりました」と言って部屋に戻っていった。

©文藝春秋

 古賀だけでなく、もうひとりのエース、井上とセッターのコンビもあまりしっくりいっていない。だが、その時点ではまだ井上とは話さなかった。というのも、和田が活躍し、石川も復調してきたからだ。そうなると、井上の出番は減ることになる。彼女も状況を感じとり、自分なりにいろいろ考えるはずだ。そこでしばらく待ってみることにした。

 代表チームは強い個性を持った選手の集まりだ。人間関係がぎくしゃくし、進むべき方向を見失いがちになることもある。そういうときには、こうしてカンフル剤を打つ。逆にモルヒネを打って、痛みを和らげることもある。それによってチームにどんな変化が起きるかを観察し、また次の手を考える。そうやって集団のバランスを取っていくのも監督の役割なのだ。