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「もっと良い人がいるかも」と理想のパートナーを探し続けてしまう…コスパ・タイパを重視する、マッチングアプリの意外な落とし穴

『結婚の社会学』より#3

6時間前

genre : ニュース, 社会

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幻想を求める男性と、早期に安定したい女性のミスマッチ

 もうひとつ、「コミットメント・フォビア」について述べておきます。

 オンライン上のマッチングは、パートナー選択の張荷を大幅に拡大しました。一人当たりのパートナー候補の人数は、リアルな出会いとは比較になりません。しかし、こうした状況が結果的に「決定」や「持続的関係」を困難にする可能性があります。

 選択の範囲が広がったことで、個人が「もしかしたらもっと良い人がいるかもしれない」と理想のパートナーを探し続けてしまうような状況に陥ることは、以前から指摘されてきました。

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 社会学者アンソニー・ギデンズは、著者『親密性の変容』(原著1992)で、現代の関係性は、外部の規制や伝統的拘束から自由であるがゆえ、明確な「ゴール」が定まらず「もしかしたらもっと良い人がいるかもしれない」と永遠に理想のパートナーを探し続けてしまうようなアディクション状況に陥りうると指摘しています。

 マッチングアプリはこうした傾向をより推し進める可能性があります。

 近年、注目されるコミットメント・フォビアとは、端的に言えば、特定の誰かと深い関係になることを忌避(嫌悪)する症状を意味します。

 パートナー選択の可能性が無限に拡大することで、ある特定の関係に深くコミットしてしまうことへのためらいが生じたり、あるいは、いったん交際を始めても「もっと良いかもしれない」という可能性が持続的な関係を脅かしてしまう。特定の相手にこだわるインセンティブが低減してしまうことで、個々人の不安定性が増大するということです。

写真はイメージ ©︎Trickster/イメージマート

 エヴァ・イルーズは、特に男性にコミットメント・フォビア傾向が強まっていると指摘します(Eva Illouz, Why Love Hurts)。恋愛市場で男性に重視される経済的資源は加齢により高まる傾向があり、「性的魅力」も女性より男性のほうが持続期間が長いと思いこまれているというのです。

 一方、女性はパートナー選択において出産などの身体的リミットを考慮する傾向が強く、選択肢が広がる状況では、子どもや献身的な関係を求める傾向の強い女性たちが不利な状況に置かれやすいというのです。

 いつまでも幻想にとらわれ続けコミットメントを忌避する男性と、早期に安定的な関係を望む女性との間でミスマッチが生じるという指摘です。議論の余地はありますが、マッチングアプリが及ぼしうる社会的影響のひとつとして紹介しておきます。

結婚の社会学 (ちくま新書 1789)

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阪井 裕一郎

筑摩書房

2024年4月10日 発売

「もっと良い人がいるかも」と理想のパートナーを探し続けてしまう…コスパ・タイパを重視する、マッチングアプリの意外な落とし穴

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