神山英次はプロボクサーだ。40歳。今はフィリピンでジムの若者たちから「おじいちゃん」などと揶揄されながらも黙々とトレーニングを続けている。そんな彼の前に、ある日、一人娘の桃子が現れて告げる。「お母さん、死んだよ」

 日本での居場所をなくした桃子は、高校をやめ、父がいる“ここ”に居場所を求めてやってきたのだった。ここ(here)のことを、フィリピンではタガログ語で“dito”という。それが本作のテーマだ。

『DitO(ディト)』は、日本とフィリピンの合作映画であり、主人公・神山を演じる結城貴史さんにとって、初の監督作品である。娘の桃子役には子どもの頃から知っていて「いつか親子役をやろう」と約束していた田辺桃子さん、妻のナツ役には古くからの友人である尾野真千子さんをキャスティング。制作陣にも信頼するメンバーを揃え、満を持しての1作目。なぜ、フィリピンを舞台に選んだのか?

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結城貴史さん

「2017年くらいから、俳優の仕事で海外に行く機会が増え、舞台は外国がいいと思うようになったんです。フィリピンもその中の1つでした」

 最初は別の作品をイメージして通い始めたが、自身もボクシングをしていたことから、結果的に本作のロケ地となった名門ジム「エロルデジム」の若きボクサーたちと知り合い、彼らを描く映画を撮ろうと決めたという。「フィリピンではボクシングは貧しさから抜け出す手段のひとつ。単なる夢ではなく、未来を背負ってなお明るく輝いている彼らのエネルギーに惹かれたんです」

 そうして生まれたキャラクターが、同い年の桃子と心を通わせるエースボクサーのジョシュアである。演じるのは、フィリピンの英雄的なボクサー、マニー・パッキャオの伝記映画で、少年時代のパッキャオを演じた人気俳優ブボイ・ビラールだ。もっと驚くことには、本作には、なんとパッキャオその人も出演している。

「本当に奇跡でした。エロルデジムは、かつてパッキャオが通っていたジムでもあったのですが、僕たちの撮影中、偶然、彼がやってきたんです」

 そして、結城さんが語るコンセプトに共感して出演を了承。桃子のために「前に進む」ことを誓い、再起を図る神山に向かって大切な言葉を与えるボクサーの役を務めている。そのセリフこそ、本作のもう一つのテーマだと結城さん。

「年齢なんてただの数字(Age is just a number !)――これは、パッキャオ自身がよく口にしている言葉なんです。つまり40歳を過ぎてもリングに立ち続ける彼自身を象徴している。そして僕にとっても人ごとではない言葉です。俳優として挫けそうになったとき、何度も助けられましたから」

©DitO製作委員会 Photo by Jumpei Tainaka
©DitO製作委員会 Photo by Jumpei Tainaka

 結城さんは現在、48歳。キャリアは長く、同期の中にはすでに大物と呼ばれるような俳優も。嫉妬しなかったといえば嘘になる。自分の居場所を疑ったこともある。

「ずっと、もがき続けていましたね。そんな僕が撮るなら……という思いをすべて込めた作品になりました。それに、ほかの俳優よりも時間がある自分だからこそ、40歳の現役ボクサーという、簡単には作り込めない役にも挑戦できましたし。もちろん大変でしたけど、本望でした(笑)」

 パッキャオに恥じない、こだわり満載のボクシングシーンは見どころの一つだ。そして、「ヒーローとは諦めない人のこと」「居場所は探すのではなくて自分で作るもの」など、作中にちりばめられた印象的な言葉の数々も胸を打つ。

「日本では似たような作品はない気がする」と語るのは田辺さん。尾野さんも「結城にとって一番輝いている作品」と太鼓判を押す。愛すべき一作。

ゆうきたかし/1976年生まれ、宮城県出身。2001年NHK連続テレビ小説『ちゅらさん』で俳優デビュー。11年に映像制作会社KURUWA.LLC(曲輪合同会社)を設立し、数多くの映画、MVを制作。主演作に映画『オボの声』(18)など。また、配信ドラマシリーズ『フクロウと呼ばれた男』にも出演している。

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映画『DitO(ディト)』(7月26日公開)
https://www.ditofilm.com/