医学書院の人気シリーズ「ケアをひらく」に新たな一冊が加わった。著者は『寝ても覚めても』などの作品で知られる作家、柴崎友香さん。自身がADHD(注意欠如多動症)の診断を受けたことをきっかけに、自分の身体のなかで起こっていることや現代の社会で生じがちな困難などを、多方向から書き記した。
「自分がADHDだろうということは20年くらい前から思っていました。2000年に邦訳が出た『片づけられない女たち』(サリ・ソルデン著)という本を読んで、自分も同じ症状だと感じたんです。当時は大人の発達障害を診断できる病院は限られていて予約も難しい状況だったので、関連本を読んだりインターネットで調べたりして、自分なりに対処していました」
実際に診断を受けたのは2021年、新型コロナが猛威を振るう最中だった。
「コロナで直接人と会う機会が減り、苦手な文字だけのコミュニケーションが増えたりして仕事で迷惑をかけてしまうことが続き、睡眠障害にもなっていました。出かける仕事が少ないことで時間ができたので、思い切って診察を受けることに。20年間ADHDのことを考えていたのだから専門の外来があるところで詳細な検査を受けよう、と探したら行きやすい場所に見つかって。他の病気や頭部外傷の後遺症などでも発達障害に似た症状が出ることがあるので、正確な診断のためにはCTなど身体の検査から心理試験や知能検査まで様々な検査があります。その結果、ADHDの診断がおりました」
本書にはADHDゆえに柴崎さんが日常的に抱えている困難が挙げられている。たとえば「人からは落ち着いていると見られるが、実は脳内の多動で疲れていて、1日にできることが少ない」など。しかしそれはあくまで症状の一例だと柴崎さんは念を押す。
「私には自分の身体のことしかわからないですし、専門家でもないので『ADHDとは何か』という解説はできません。ですからADHDの特性が私の身体を通じてどういう現れ方をするのかを書こうと思いました。人によって特性も症状の現れ方も違います。当事者の方からも『この部分は似てるけど、ここはすごく違う』と感想を聞かせていただけて、そういう多様な話をするきっかけになったらいいなと思っています」
同時に、柴崎さんの小説を読んできた人なら、この本が柴崎作品に書かれてきた事柄の種明かし的性質を持つことに気づくだろう。タイトルにもなった「あらゆることは今起こる」という時間の把握の仕方や、冒頭で紹介される「気づいたら突然別の世界にいる感覚」などは、これまでに柴崎さんの作品中で目にしてきたものに近い。さらにその書きぶりは自由闊達そのもので、同じ話が何度も出てきたり、「余談」も随所に差し挟まれたりする。
「人の会話ってそんな感じですよね。書くとなるとある程度整理することになるんですが、わかりやすくすることでこぼれ落ちたり単純化されるものが多くある。整理されたものばかりに注目して、短く早くわかりやすく答えられることだけが能力が高いというイメージが広がると、しんどい世の中に繋がってしまう気もするんです。発達障害への関心が高まっているのは、世の中が求める『標準』の枠が狭く高くなっているからでもあると考えているのですが、いろんな在り方があっていいはずで、話が行ったり来たり考え直したりしてもいいのでは。そんなに簡単に答えが出ることばかりではないはずですから」
しばさきともか/1973年、大阪府生まれ。小説家。2000年『きょうのできごと』でデビュー。『その街の今は』で芸術選奨文部科学大臣新人賞、『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、『春の庭』で芥川賞、最新小説である『続きと始まり』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。