『関数電卓がすごい』(芝村裕吏 著)ハヤカワ新書

 30000。人間の寿命の平均日数だ。であれば、こういった式が成り立つ。

 30000-自分の年齢×365=人生の残り日数

 なんてことない式だが、日々意識している人はそう多くはないのではないか。私たちの生活のなかには、そんな“じつは計算できる事柄”が数多くある。

ADVERTISEMENT

「計算は人生のこんなところでも役立ちますよ、というのを網羅的に書いてみたんです。さすがに全ての場面でとは思いませんが、占いよりちょっとは当てになるときもあるかもしれないと言うのでしょうか」

 このたび『関数電卓がすごい』を上梓した芝村裕吏さんは、異色の経歴の持ち主だ。米国の大学で数学を学んだのち、陸上自衛隊に入隊する(曽祖父の代から続く軍人一家の生まれだった。両親に言われたのは「お前を最高学府に行かせたのは、お前のためじゃない。お国のためだ」)。その後、ゲーム制作会社アルファ・システムに入社し、『高機動幻想 ガンパレード・マーチ』などを手掛ける。同作は2000年の発売ながら、作り込まれた世界観とAI搭載による自由度の高いシステムで、いまなお語り継がれている伝説的タイトルだ。

 現在もゲームデザイナー、作家としてマルチに活躍している芝村さんだが、本書はこれまた風変わりな一冊だ。指数関数や平方根の計算ができる「関数電卓」、その生活のなかにおける使い方を解説している。

「私は仕事以外でも毎日のように使っていますが、投資などの複利計算で使うというのはイメージしやすいですよね。すっかり政府の施策に組み込まれている金融商品にしても、検討時に簡単にでも計算してみると、着手までの時間が年単位で変わってくると思います」

JUMPEITAINAKA

 あるいは、転職が当たり前になった昨今、こういった計算も考えられる。「自分の労働価値=今の自分の給料」だとする。一般的に、何もしないと労働価値は年3~4%ずつ低下していく。転職市場の多くがこの式に類似した価値計算をしているという。これも指数が扱える関数電卓ならすぐに計算できる。

「会社の同僚何人かと一緒に転職エージェントを利用したことがあったんです。そしたら、職務経歴は一緒のはずなのに出てきた数値が段階的になっていた。みんなで突き合わせてみて、これは勤続年数の違いなんじゃないかと。一人だと気付かないけど、みんなでデータを取ったら急にイヤな式が浮かび上がってくるというのはよくありますね」

 本書はほかにも、カロリー計算やガチャ確率計算といった身近なものから、たとえば「プラモデルに関する自分の感覚や好みの傾向を計算したい」「家を片付けるために計算を使うには」といったオリジナルの計算式の作り方まで、さまざまな事例をカバーしている。

 スマホの電卓アプリを立ち上げて画面を横にすると関数電卓に切り替わる。日本以外では普及しているからだ。本書の執筆にあたっては、芝村さん自身のアメリカでの経験もあった。

「アメリカ人はとにかく関数電卓を使っていました。エクセルで出てきた数字をそのまま信用しない文化のせいか(笑)、何事も自分で計算しないと気が済まない。きっと自分の責任を明確にするためであり、騙されないためなんですね。そして、彼らは数学力と計算力はまったく別物と考えていて、それを知れたのも大きかった。関数の仕組みは分からなくても、電卓のボタンを正しく押せれば問題ないということです。みなさんにも気楽に電卓を持ってもらえたらと思って、この本を書きました」

しばむらゆうり/ゲームデザイナー、作家。熊本県出身。米大学で数学を学ぶ。陸上自衛隊を経てアルファ・システム入社。『高機動幻想 ガンパレード・マーチ』で知られる。のちベックを経てフリーに。『マージナル・オペレーション』で本格的に作家活動開始。ほか代表作に『刀剣乱舞』など。