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センスを良くするにはどうすればいいのか? 千葉雅也が語る「センスの哲学」

センスを良くするにはどうすればいいのか? 千葉雅也が語る「センスの哲学」

2024/04/27

source : ノンフィクション出版

genre : ライフ, 歴史, 教育, 読書

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『勉強の哲学』、『現代思想入門』から続く哲学三部作を締めくくる、千葉雅也氏の新著『センスの哲学』が話題になっています。センスを良くするにはどうすればいいのか? そもそもセンスとは? 『センスの哲学』から「はじめに」をお届けします。

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はじめに 「センス」という言葉

「センスがいい」というのは、ちょっとドキッとする言い方だと思うんです。なにか自分の体質を言われてるみたいな、努力ではどうにもできないという感じがしないでしょうか。

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 でも、世間では、けっこう気軽にセンスという言葉が使われているようです。

 センスがいい悪いというのは、いろんなことについて言われます。服のセンスとか、ご飯を食べに行くときのお店のセンスのような、日常生活での「選ぶセンス」もある。絵がわかるとか音楽がわかるといった「芸術のセンス」もあります。「会話のセンスがいい」とか、仕事をしていて、「あの人は考え方のセンスがいい」といった使い方もある。

 センスというのは、いろんな対象やジャンルについて言われるわけです。だから、「センスがいい」、「センスが悪い」と言われると、ひとつのことだけでなく、自分が丸ごと評価されているみたいで、ドキッとするんだと思います。

 さて、実は、この本は「センスが良くなる本」です。

 と言うと、そんなバカな、「お前にセンスがわかるのか」と非難が飛んでくるんじゃないかと思うんですが……ひとまず、そう言ってみましょう。

「センスが良くなる」というのは、まあ、ハッタリだと思ってください。この本によって、皆さんが期待されている意味で「センスが良くなる」かどうかは、わかりません。ただ、ものを見るときの「ある感覚」が伝わってほしいと希望しています。

 自己紹介をすると、僕は、哲学が専門なのですが、芸術・文化と結びつけながら哲学を研究してきました。文系の研究者ですが、芸術作品を作ってきた経験もあります。

 もともと中学時代には美大に進もうと思っていて、絵を描いたり、立体の作品を作ったり、ピアノも弾いていましたが、高校のときに文章を書くことに興味が移っていき、現在の専門に至っています。二〇一九年からは小説も書き始めました。肩書きとしては、「哲学者・作家」です。最近では、十代の頃に戻るようにして、美術制作も再開しています。

 そういう経緯で、一応、物作りのノウハウをある程度持っているつもりで、それと哲学を組み合わせたらどうなるか、ということで本を書きたいと思っていました。

 この本は、一種の「芸術論」だと言えます。ただ、狭い意味での芸術(美術、音楽、文学など)だけではありません。芸術を、生活とつなげて説明します。

センスの哲学』(文藝春秋)

 本書の狙いは、芸術と生活をつなげる感覚を伝えることです。

 いわば、広い意味での「芸術感覚」がテーマで、それをどう呼ぶかと考えたとき、まず浮かんだのが「センス」でした。センスというのは、冒頭で言ったように、どこかトゲのある言葉だと思いますが、それも含めて考察してみたいわけです。

 芸術といっても異なるジャンルがあり、普通は別々に語られることが多いでしょう。それでも、美術や音楽、文学などを行き来してきた経験から、「こういう共通の話ができるな」という実感を僕は持っています。それは経験的な勘ですが、それを哲学や芸術論などと照らし合わせて、ある説明の仕方ができてきました。

 この本は、自分の経験から出てきた理論ですが、専門的な議論もふまえています。しかし、専門的に細かいことには、踏み込みすぎないようにしたいと思います。なにより、読みやすく、役に立つ本であってほしいからです(エビデンスというとちょっと強いですが、何を根拠に言っているのかというのは、途中で示していきます。参考文献も挙げたいと思います)。

 この本では、いったんセンスが良くなる方向を目指します。

 しかし、センスとは何なのか?

 センスとは何か、センスの良し悪しとはどういうことかを、いろんな角度から考えて定義していきます。一気に定義するのではなく、段階的に行います。それはあくまでも、「この本では」という仮の定義であり、ひとつの参考になれば、というものだと思ってください。

 そして、先取りして言うと、最終的には、センスの良し悪しの「向こう側」にまで向かっていくことになります。ある意味、センスなどもはやどうでもよくなるところまで、です。最終的にそれを「アンチセンス」と呼ぶことになります。本書が進むにつれて、アンチセンスをどう考えるかという問題が、だんだん浮上してくるでしょう。