「世間では、土足で踏み込んできたライブドアに追い銭をくれてやったとの見方もありますが」
4月18日に開いた両社共同の記者会見では、こんな質問も飛び出した。これには日枝が「色々なことがあったなかで、そういう感情がなかったかと言えば噓になる」と、偽らざる本音をにじませる一幕もあった。
当時ライブドアに密着取材していた朝日新聞記者の大鹿靖明は著書『ヒルズ黙示録』で、この日の夜に宮内(編注:宮内亮治。当時のライブドア取締役)がライブドア幹部にこんなセリフを吐いたと書き記している。
「やった。やった。フジをカツアゲしてやったよ」
宮内はこう続けたという。
「こんなにいっぱい金をだすのかねえ。彼らはメンツさえ立てばいいんだね。やっぱ、お公家さん集団だよ」
宮内自身も後年、この発言については認めている。ただ、意図するところは違ったという。「満足して言ったのではない。騒動の果てに『悪名』が轟くようになったのだからニッポン放送買収は失敗であり“自虐”のセリフである」
「なんでおたくに売らなきゃいけないんだ」
いずれにせよ、日本の産業界を騒然とさせたフジテレビ乗っ取り計画は失敗に終わった。近鉄バファローズの買収計画から2連敗。堀江とライブドアには3つのものが残った。一つはフジテレビからせしめた1500億円近い現金。それに劇場型M&Aが連日報道されたことによる知名度。そして最後に、日本の経済界からの不信感である。
後日談になるが、テレビへの執念はフジテレビ買収で消えたわけではなかった。この後、ライブドアが目を付けたのが民放キー局の一角であるテレビ東京だった。テレ東は日本経済新聞社が筆頭株主である。フジテレビの買収に失敗した後、宮内亮治はテレ東買収の可能性を探ろうと、都内のホテルで日経とテレ東の幹部と会談したことがある。
仲介したのは「サトカン」こと佐藤完だった。佐藤は高校を卒業すると簿記の専門学校に通いながら日経グループの日経リサーチでアルバイトをしていたことがあった。1980年前後のことだ。その縁でヤフーに転じてからも日経との交流は続いていたという。
当時、テレ東とライブドアは事業面で提携を結んでいた。テレ東が旅番組で紹介した地方の名産品などをライブドアのネット商店街で売るというものだったが、この提携は堀江の逮捕まで続けられた。さらに堀江が個人で運営する基金を通じてテレ東株の5%を取得していたことが、この後に明らかになる。
ただ、会談前からテレ東側の印象が良くないことは予想された。当時、テレ東社長だった菅谷定彦は定例会見でライブドアによるフジテレビへの奇襲作戦を問われ、「金に飽かせていきなり、というのは独断的。人心や企業理念、企業文化は金で買ってはいけないものだ」と、苦言を呈していた。
やはりと言うべきか、会談はいきなり決裂した。宮内がテレ東の買収が可能かストレートに聞くと、日経幹部が激高したという。
「なんでおたくに売らなきゃいけないんだ」
そう言われた瞬間に、宮内は「やはりテレビを手に入れることは無理なんだと痛感させられました」と振り返る。この件は日経社内でも知る者はほとんどいないはずだ。筆者も宮内から聞いて初めて知った。