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 やってしまった……。私は結構長いこと落ち込んだ。これじゃ若い頃にならしたセクハラオヤジそのものじゃないか。喋ってもいない、関係ほぼゼロの人間から急に「魅力的ですね」とメールが来るのだ。恐過ぎる。そりゃ恐れ入りますだ。事案待ったなし。作家先生の寛大さから私は事なきを得たが、気を付けようと肝に銘じた。「いつまでもあると思うな男ウケ、そのときめきはハラスメント」。モテてきた女の標語としてこれから掲げていこうと思う。

 しかし私はまだ足掻いている。誰かからの承認を求めて。衰え代えがきくガワなんてどうでもいい。私は私であることを受け入れられたい、認められたい。まだそう願わずにはいられない。だって叶ったことがないのだから。モテ散らかしてきたなんて勘違いかと疑うほどに渇望している。私は私の魂みたいなものにイイネを押してもらいたい。そう願って今日も文章を書き綴る。モテたい。四十路の主婦がまだそんなことを言っているのかと呆れられそうで、私も半ば自分に呆れてはいるのだが、そんなことが言えるようになったのだ。「女性がモテるとは男性から性的対象として認められること」という時代がようやく終わりに向かい、女性は選ばれるだけの存在ではなく、性的指向は異性だけではなく、恋愛なんてしてもしなくてもよく、家庭に閉じ込められることなく社会で認められたいと願ってもよく、性愛に回収されないモテを求めていい時代がようやくきたから言えるのだ。余生だと思っていたけどやっぱりモテたい。

 だが夫にしてみれば、「コッソリ不倫」の方がどれだけマシだっただろう。ある日突然、「編集さんに声をかけられたから、私、本を書くね! もちろん、あなたのことも!」と告げられた夫の不安と不満はいかほどか。夫は妻が自費出版ビジネスに捕まっていないことを確認したのち、「好きにしたらえぇ」と許諾してくれた。匙(さじ)を投げたと言った方が正しいかもしれない。

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 もしも私の文章に惚れてくれる人がいたら、それこそが私の欲しかったモテそのものだ。「月美さんの文章はいい」。これほど目眩(めまい)をおぼえる甘い文句を私は他に知らない。

【プロフィール】
石田月美(いしだ・つきみ)1983年生まれ、東京育ち。高校を中退して家出少女として暮らし、高卒認定資格を得て大学に入学するも、中退。2014年から「婚活道場!」という婚活セミナーを立ち上げ、精神科のデイケア施設でも講師を務めた。20年、自身の婚活体験とhow toを綴った『ウツ婚!! 死にたい私が生き延びるための婚活』で文筆デビュー、23年に漫画化された。

まだ、うまく眠れない

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石田 月美

文藝春秋

2024年7月25日 発売