「国家は自らの権限と自らの責任において開始した戦争により、国民の多くの人々を死に導き、傷害を負わせ、不安な生活に追い込んだのである。しかもその被害の甚大なことはとうてい一般災害の比ではない。被告がこれに鑑み、十分な救済策を執るべきことは、多言を要しないであろう」

「しかしながら、それはもはや裁判所の職責ではなくて、立法府である国会及び行政府である内閣において果たさなければならない職責である。しかも、そういう手続によってこそ、訴訟当時者だけでなく、原爆被害者全般に対する救済策を講じることができるのであって、そこに立法及び立法に基づく行政の存在理由がある。終戦後十数年を経て、高度の経済成長をとげたわが国において、国家財政上これが不可能であることはとうてい考えられない」

「われわれは本訴訟をみるにつけ、政治の貧困を嘆かずにはおれないのである」

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被害者の救済策を法律で定めていなかった立法府を批判

裁判長は最後に、「原告等の請求を棄却する」と主文を読み上げた。閉廷を告げた直後、記者たちは法廷を飛び出していった。

判決の日、嘉子は法廷にいなかった。すでに裁判は結審となっており、結審後の4月に彼女は東京地方裁判所から東京家庭裁判所へ異動となっていた。最後の日の右陪席には、審理に加わっていない後任の男性裁判官が座った。もちろん判決文には「三淵嘉子」の自筆署名が残されている。

この日の夕刊には、原爆裁判の判決が1面トップに並んだ。

「原爆投下は国際法違反、東京地裁、注目の判決」(毎日新聞)
「東京地裁『原爆訴訟』に判決、原爆投下は国際法違反」(読売新聞)
「原爆投下は国際法違反、東京地裁で判決」(朝日新聞)

各紙とも判決を高く評価した。

「原爆の違法性がはっきり裁判で打ち出されたのは世界初」

読売新聞は記事の見出し部分で「原爆の違法性がハッキリ裁判で打ち出されたのは世界でもはじめてのことであり、しかも被爆国の裁判所が下した点で国際的にも大きな波紋を呼ぶものとみられる」と書いており、判決がもたらす国内外への影響に言及している。また、判決文の末尾で「政治の貧困を嘆かずにはおられない」と批判するのは極めて異例である。各紙はこの1文にも言及している。