1ページ目から読む
3/3ページ目

この手だけでなぜ満足しないのだろう

「大人になったら何になりたい?」という課題を娘も息子もちょくちょく持ち帰ってくる。他の園児や児童の答えを見れば、おおかたそれは職業であり、「お嫁さん」や「お母さん」といった答えはなく、性別役割分業が解体して行く様を小気味良く眺めながら自分が時代遅れの存在になっている引け目も感じ、しかし職業に集約されることの薄気味悪さも覚える。

 働きたいと壊れたままでいたいとを矛盾なく願う私は、子どもたちに「自分がこの自分で良かったって思える大人ならなんでもいいんじゃない?」なんてどの口が言うかという理想を本心から伝え、また自己嫌悪に苛まれながら子どもたちを寝かしつける。

 一人で寝るようになった娘は夜中に目が覚めると私のところに来て「ママ、おやすみ」とつながりを確認したいだけの言葉を投げかけ、私も「おやすみ」と手をつなぎながら娘を部屋まで送る。このしっとりとした手だけでなぜ満足しないのだろうと責め、この手を守るために書くのだと焦り、こんな感情が伝わったらと怖くなって手を離す。

ADVERTISEMENT

「おやすみなさい、また明日」。娘の部屋のドアをそっと閉め、息子に布団をかけ直し、自分の目が冴えきっていることにうんざりしながら、ひっそり祈る。どうかあなたの明日が幸せでありますように。おやすみなさい、また明日。

【プロフィール】
石田月美(いしだ・つきみ)1983年生まれ、東京育ち。高校を中退して家出少女として暮らし、高卒認定資格を得て大学に入学するも、中退。2014年から「婚活道場!」という婚活セミナーを立ち上げ、精神科のデイケア施設でも講師を務めた。20年、自身の婚活体験とhow toを綴った『ウツ婚? 死にたい私が生き延びるための婚活』で文筆デビュー、23年に漫画化された。