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その様子を遠くから眺めていた道長の正妻で彰子の母、倫子(黒木華)は、「なにゆえに帝は中宮様(註・彰子)を見てくださらないの? 中宮様がなにをなさったというの? 皇后さま(註・定子)が亡くなられてもう4年だというのに、このままでは中宮様があまりにも惨め」と嘆く。

そして道長に頼み、一緒に内裏に一条天皇を訪ねた。倫子は、藤原行成(渡辺大知)が写した白楽天の『新楽府』を中宮のためにと渡したうえで、彰子を受け入れるように一条天皇に直訴したのである。一条が「朕を受け入れないのは中宮のほうであるが」と伝えると、倫子は「どうか、お上から、中宮様のお目の向く先へお入りくださいませ」と頼み込んだ。

道長は最高権力者とはいえ所詮は臣下。その妻が内裏に出向いて天皇に直訴することなどあり得たのか――という疑問はさておき、一条天皇が彰子を顧みなかったのはまちがいなく、その状況が伝わる描き方だった。

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しかし、一条天皇は最終的には彰子を受け入れる。なにがきっかけだったのか。

なぜ道長は紫式部を抜擢したのか

実際、『枕草子』の力もあって、一条天皇の気持ちは定子から離れなかった。前出の山本淳子氏はこう記す。「『枕草子』のある限り、定子はその中で生き続ける。生前よりももっと魅力に満ちて。何よりも、生ける彰子を凌駕する存在として。これでいいのか。いや、決してよくはないが、どうすればよいのだ。時の最高権力者・道長にしても、この小さな文学作品の持つ力を前にして、太刀打ちする術もなかった」(『道長ものがたり』朝日選書)。

一条天皇は元来、文学好きだった。当時の宮廷社会では、男性にとって文学といえばまず漢詩。一条も少年時代からこれを好み、失脚する前の伊周をたびたび呼んで漢詩の話をさせ、ときに深夜におよんだという。

そんな一条天皇だからこそ、なおさら『枕草子』に心を奪われたのであれば、道長も文学で対抗しようと考えるのは自然である。また、紫式部に白羽の矢が立ったのも、そう不自然なことではない。