そのうえで、その後の対応について、捜査幹部は、こう振り返る。

「こうした事態に対して、神戸(山口組)側からの返し(報復)がすぐさまなされると思っていたが、音なしの状態だった。これは、神戸山口組組長の井上邦雄が許さなかったようだ。理由は不明だが、これで内部に不協和音が生まれたのは間違いない」

「返しがないとなるとヤクザとしてどうなのか」

 6代目山口組分裂の推移を注視していた指定暴力団の古参幹部は、神戸山口組側の反応に首をひねる。

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「返しがないとなるとヤクザとしてどうなのかと疑問視される。ヤクザの業界だけでなく、カタギの皆さんにも説明がつかない」

 報復が許されないことに神戸山口組内部で不満が募るなか、中核組織である池田組が2020年7月、脱退を表明。さらに、翌8月には神戸山口組組長の出身母体であり本丸といえる山健組が離脱した。

山健組の“脱退挨拶状”

 神戸山口組組長の井上は山健組出身だが、山健組の5代目組長の座は中田浩司に譲っていた。このため、山健組はかつての自分たちの親分を神戸山口組に置き去りにしたことになる。

 さらに輪をかけて驚愕の出来事が起きる。その山健組が、2021年9月に6代目山口組に復帰したのだ。多くの警察当局の捜査幹部も「耳を疑う行動」と衝撃を隠さなかった。

 続いて神戸山口組からは侠友会が2022年8月に、宅見組も翌9月に脱退を表明した。侠友会会長の寺岡修は6代目山口組若頭の高山と面会して謝罪し、自らの引退と組織の解散を明らかにした。

指定暴力団神戸山口組組長の井上邦雄(左から2人目) ©時事通信

 神戸山口組立ち上げ時の中核組織の1つ、正木組も2020年8月に解散していた。このため、神戸山口組からは山健組、宅見組、池田組、正木組、侠友会という5つの中核組織がすべて離脱し四分五裂の状態となった。

 2015年8月の分裂当時、6代目山口組の構成員は約6000人で、神戸山口組は約2800人だった。その後、暴力団対策法、暴力団排除条例の施行などで資金面の苦境に陥り、全国の暴力団はいずれも構成員が減少傾向にある。

 それは最大組織である6代目山口組も同様で、最新データとなる2023年時点での6代目山口組は約3500人まで減少している。