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 一般の日本人の感覚で言えば、魚介類は市場やその近くで食べれば、新鮮で安いのが相場だ。だからこそ、わざわざ旅先で市場メシを堪能するのである。しかし、外国人が押し寄せる築地は、食べ歩きに供されるメニューも含め、多くの店が「インバウンド価格」になった。築地や豊洲は、庶民の台所ではなく、非日常の贅沢を味わう場所に変貌してしまったのである。これが、観光立国政策によって日本にもたらされた変化だとしたら、私たちはかなり高い代償を支払っていることになりそうだ。

乗っ取られる「外食」の場

 いまや外国人観光客は限られた高級観光地だけに来るわけではない。金沢も高山も、そして京都も日常と非日常が交わる場所に外国人観光客はやってくる。そのため通常の店も価格設定が高い方向に向かうことは容易に想像できる。おそらく、外食の価格は多くの日本人のニーズに合うよう、安さを売りにしたこれまで通りの価格の店(といっても物価の全般的な上昇で、以前よりは高くなっているが)と、外国人がやってきて高くても成り立つ、いや高いからこそ満足感を上げる店舗へと二極分化していく可能性があるし、すでにそうなり始めているともいえる。

 とはいえ、外国人観光客もすべてが富裕層ではない。先ほど述べたようにビジネスホテルのチェーン店などにもインバウンドがかなり押し寄せていることを考えると、彼らが夕食を摂るのは高級店ではなく、ホテル周辺の住民が日常使いするお店や居酒屋ということになる。そして実際、そうなっている。

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©GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート

 一般に私たちが地方に旅行や出張に行った際、ビジネスホテル近隣の居酒屋などに行くことはよくある。地元の客で盛り上がっている中、カウンターでその話し声を断片的に聞きながら店主やママと世間話をするのは、旅のある種の醍醐味でもある。地元の人にとっても旅行客が来てくれて一緒に話をする機会があれば、それはそれでちょっとした刺激となるであろう。ただし、それはあくまで地元の人が「主」、観光客が「従」となっている場合の話である。

 あるとき、京都駅の南側、八条口周辺に2010年以降次々と建ったホテルの増加ぶりを調べた。大半がビジネスホテルでレストランを持たないところが多く、八条口自体が以前は観光客がほとんどいないエリアだったため、観光客向けの飲食店は少ない。必然的に観光客はこれまで地元の人が通っていた飲食店に繰り出すことになる。そこで起きたのは、地元の人が店に入ろうとしても宿泊客でいっぱいになってしまい入れなくなる、あるいは待たされるという事態である。こうなると、地元の人にとっては、観光客は招かれざる客になってしまう。