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別名で書かれた『痩せゆく男』

 ファンならばご承知のとおり、キングはすでに体重が減っていく男の物語を書いている。リチャード・バックマン名義による長篇『痩せゆく男』(一九八四年)。こちらは、ジプシーの呪いにより食べても食べても痩せていく男たちの恐怖を描いたものだ。ベヴ・ヴィンセント『スティーヴン・キング大全』によると、「一九八〇年初頭、キングは体重が236ポンドあり、ヘビースモーカーだった」という。最初は医者に勧められながらも嫌がっていた禁煙とダイエットをはじめたところ、「どういうわけか寂しくなった」という。「ほんとうは体重を失いたくなかったんだ。そこで考えた。体重がどんどん減っていき、止まらなかったらどうなるんだろうと」

 ある現象が過剰もしくは極端に働いて暴れだすとその先に何が待ち受けているのか。キングにとり、これがマシスンから学んだホラーやファンタジーを生み出すためのひとつの思考法なのだ。というよりも、キングの頭のなかでは、いつもそうした不安が暴走しているのかもしれない。

「おれにも書かせろ」で生まれた一篇

 二番目に登場する作品は、表題作『コロラド・キッド』(The Colorado Kid)だ。これは、もともとアメリカの出版社ハードケース・クライム(Hard Case Crime)からペイパーバック・オリジナルで刊行された作品である。

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 ハードケース・クライム社は、かつて一九五〇年代~六〇年代に隆盛だったペイパーバック・オリジナルのミステリーや犯罪小説をいまに復活させようという目的で、作家のチャールズ・アルダイとマックス・フィリップスが二〇〇四年に創設した小出版社で、同名の叢書の出版が同年九月からはじまった。ハードケース・クライムの第一作はローレンス・ブロック Grifter's Game (一九六一年、オリジナルタイトル Mona)。このカヴァー裏表紙にキングによるブロックへの賛辞「かけがえのないジョン・D・マクドナルドに代わるミステリーおよび探偵小説の作家だ」が掲載されている。

 じつは、この推薦文を依頼されたとき、キングはアルダイへ「おれにも一作書かせろ」と申し出たのだ。いや実際にどんな言葉でやりとりされたのかはわからないが、そうした経緯があったことは確かなようで、ハードケース・クライムの第十三巻として『コロラド・キッド』が二〇〇五年十月に刊行された。

 その後、現在まで、キング作品は『ジョイランド』(二〇一三年)と『死者は噓をつかない』(二〇二一年)の二作がこの叢書から刊行されている。どちらもキングの長篇にしては短めに収まっているのは、ハードケース・クライム叢書が目指すスタイルにあわせたからだろう。

『死者は嘘をつかない』(スティーヴン・キング/文春文庫)

 話を『コロラド・キッド』に戻すと、日本語版は残念ながら一般に販売されなかった。契約上の都合で、新潮文庫で『ダーク・タワー』第Ⅰ部から第Ⅲ部の購入特典として一万人限定の景品とされたのだ。このときの訳者も白石朗氏で、解説を担当したのも吉野仁だった。