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最後の一篇は本領発揮のホラー

 最後に収録された中篇が『ライディング・ザ・ブレット』(Riding the Bullet)だ。初出は二〇〇〇年、電子書籍としてオンラインで発表されたもので、なんでも最初の二十四時間で四十万部以上ダウンロードされ、アクセスの過集中および暗号化によるトラブルで無数のコンピュータが壊れたとされている。最初の邦訳版はこの電子書籍をもとにアーティストハウスから同年に白石朗訳で単独出版された。本書ではそれを加筆修正して訳されている。紙の書籍としてはEverything's Eventual: 14 Dark Tales(二〇〇二年)に収録。邦訳は『第四解剖室』、『幸運の25セント硬貨』の二冊に分冊され新潮文庫から刊行されたが、『ライディング・ザ・ブレット』は日本版には収録されなかった。

 主人公は、メイン州立大学の学生アラン・パーカー。遠く離れた故郷で暮らしていた母親が脳卒中で倒れ病院に運ばれたことを知らされたものの、車が故障しているアランは、およそ二百キロの道のりをヒッチハイクで向かおうとした。だが、その無謀な旅の途中、ジョージ・ストーブという男の墓石に出会ったことから、彼の運転する車に乗ることとなる。それは死へと向かう《弾丸(ブレット)》だった……。

 すでに物心つかないうちに父は死んでおり、アランはひとりっ子だった。母を思う子どもならではの不安と焦燥、それに対する自己保身や我執に走りがちな心の後ろめたさなどが、(じっさい暴走車に乗った体験などなくとも)それこそ遊園地のライディングマシーンに乗ったときのような恐怖や興奮と重なりあい、複雑で混乱した感情がなお高まっていく。これぞキングの本領を発揮したホラーだと叫びたくなる名作だ。

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 いうまでもなく、この中篇にも家族をめぐるキング自身の境遇がさまざまな形で投影されている。それをいえば、ハードケース・クライムから刊行された三作目『死者は噓をつかない』に登場した主人公の母もシングルマザーで喫煙者だった。多くのキング作品で描かれてきた母と子の姿なのだ。

 さて、あまりに長々と語りすぎたかもしれない。未解決の謎をめぐるミステリー『コロラド・キッド』をメインにすえた作品集だけに、多様な可能性や深読みの面白さを味わってもらえたならばさいわいだ。そして、作家デビュー五十周年記念刊行、つぎは『フェアリー・テイル』(仮)というファンタジー超大作が控えている。楽しみに邦訳を待ちたい。