『縮みゆく男』と『浮かびゆく男』
掲載順に紹介し解説していこう。
冒頭の中篇『浮かびゆく男』(Elevation)は、二〇一八年にスクリブナー社から刊行されたもので、今回が本邦初訳。献辞に「リチャード・マシスンを思いながら」とある。リチャード・マシスンは、キングが敬愛しもっとも影響を受けた作家だ。マシスンの代表作『縮みゆく男』(一九五六年、『縮みゆく人間』の邦題もあり)は、放射能汚染と殺虫剤の相互作用により、一日に七分の一インチずつ身体が縮んでゆく奇病に冒された男の物語で、キングが八歳のときに出会って以来の愛読書である。
なによりもマシスン『縮みゆく男』の主人公はスコット・ケアリーといい、なんとこの『浮かびゆく男』も同名のスコット・ケアリーの物語なのだ。こちらのスコットの身に起きた奇怪な出来事は、単に体重が減るだけでない。どこまでも軽くなっていくのだ。体重計に乗ると、服を着ても裸でも同じ体重を示すばかりか、一個十キロのダンベルを両手にひとつずつもっても同じ。原因はわからなかった。なにかよくない光線を浴びたり、殺虫スプレーかなにかを吸い込んだりもしていない。いったい彼の身になにが起きたのか、どんな力が働いたのか、これからどうなっていくのか。
物語はスコットの体重の話だけに終わらず、意外な展開を見せていく。
主人公スコットの隣人である女性たち、ミシーとディアドラの同性婚カップルに関する騒動が巻き起こるのだ。彼女らは、共同経営者として〈ホーリー・フリホール〉という名のレストランを開店したが、町には偏見や差別を隠そうともせず、暴言を吐く人たちがいた。それに腹を立てたスコットは、たしなめようとして騒ぎを起こしてしまう。やがて、スコットは思いもよらぬ方法で彼女たちを助けることになるのだが、『浮かびゆく男』とは、人びとの心を軽やかにつなぎとめる男でもあったわけで、これはキングらしい寓話として幕を閉じる。