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ドラマを見て「やはりNHKでよかった」と思った理由

 NHKのドラマを見てきた視聴者には、そしてこの『Shrink ~精神科医ヨワイ~』の制作スタッフ体制を見れば納得する人も多いのではないだろうか。放送される土曜夜10時は「土10」と呼ばれ、70年代から山田太一や向田邦子の作品を放送し、近年では『今ここにある危機とぼくの好感度について』『フェイクニュース あるいはどこか遠くの戦争の話』『やさしい猫』などの名作を作り続けている、日本のテレビドラマの名門と言える枠。

 演出は「きのう何食べた?」「大豆田とわ子と三人の元夫」などを手掛けた中江和仁。脚本は自ら小説『猫弁』シリーズを執筆するベストセラー作家でもある大山淳子。原作者と同じく全3話は短い、と思いつつ、ドラマ好きであれば「この布陣なら間違いない」と確信を持つような制作体制をとっている。

NHK公式サイトより

 筆者自身、放送された第1話と第2話を見て、やはりNHKでよかった、と思わざるをえなかった。抑制された上質な演出は、あえて視聴者を劇中音楽のリズムで駆り立てることをせず、静けさや街のリアルな生活音の中で物語が進む。スポンサーがつき、視聴率を競う民放のドラマでは、ある時は数字を取るために過剰な演出に走り、またある時はスポンサーの顔色を見て萎縮するジレンマと背中合わせだが、数々の名作を作り続けてきたNHKの「土10」ならその心配はいらないのだ。

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 ドラマ放送に先がけて放送された特番『がんばりすぎないで。 ~ドラマ「Shrink」精神科医ヨワイの現場から』では、順天堂大学医学部精神医学講座の加藤忠史主任教授が精神医療の監修、アドバイザーとして患者役の演技にまでタッチする様子が映された。「こういうことが毎日、日本中で起きているんです、でもこうやって映像になったことがなくて」専門家がそう語る作品に仕上がったのは、やはりNHKならではのことだろう。

どんな役でも全力で演じる土屋太鳳の特異性

 もうひとつ、今回のドラマでさすがと思わされたのはキャスティングである。主人公の精神科医弱井に中村倫也、看護師の雨宮に土屋太鳳という配役は、今日本の俳優でこの2人以上に役に合う俳優はいないのではないかと思うほどフィットしていた。

 土屋太鳳が主演した『マッチング』という映画が今年公開された。『ミッドナイトスワン』で知られる内田英治監督が「今度はヒューマンドラマではなくサスペンスやスリラーをやってみたいと思ったんです」「『ベタかな?』と思いましたが、プロデューサー陣が企画を気に入ってくれて、背中を押してくれたんです」(映画パンフレットより)と語る通り、ある意味ではマッチングアプリを題材にした企画もののスリラー映画だ。だが、映画を見れば多くの観客が感じることだが、土屋太鳳はこの映画で「企画ものスリラー」の演技をしていない。

土屋太鳳 ©文藝春秋

「私が役を演じる時、どんな役でも根っこにしているのが、小学6年生の時に聴いた『ひめゆり学徒隊』の方のお話です。(中略)戦争と(主人公の)輪花の状況は、規模も理由も一見違うかもしれません。でも人が人の命を奪う状況は同じです」

『マッチング』のパンフレットのインタビューで、土屋太鳳は真正面からそう語っている。正直な話、筆者も映画ライターをやっていて、企画もののサイコホラー映画のインタビューでひめゆり学徒隊の戦争体験の話を真剣にしはじめる若手女優なんてこの時代に見たことがない。でも、それが土屋太鳳なのである。彼女にとって「あれはヒューマンドラマ、これは企画もののスリラー」なんて中途半端な区別はなく、どんな役でも人間として向き合い全力で演じる「乾坤一擲」があるだけなのだ。

 公開された『マッチング』を見ていると、「少しベタなスリラー」を撮るはずだった内田英治監督が、土屋太鳳の演技に引きずり込まれるように彼女のアップをカメラで追い始めているのがわかる。撮るはずではなかった人間の物語、ヒューマンドラマを土屋太鳳が作り出し、映画全体のコンセプトさえ動かしているように見える。共演の金子ノブアキが「土屋太鳳ちゃんはアスリート。体も強いけど魂も強くて、鋼のような人です」と語るとおり、乾坤一擲、生真面目さの塊のような「剛」の俳優と言える。