抖音(中国版のTikTok)を開いても、2~3歳児が舌足らずな口調で、李白の「静夜思」や孟浩然の「春暁」を次々と暗唱する動画をいくつも確認できる。ちなみに「春暁」とは、「春眠暁を覚えず」の一節で有名な例の漢詩だ。
2018年には、中国国営放送CCTVの番組『中国詞句大会』に、8歳で漢詩6000首以上を暗唱できるというスーパー女児が登場した。番組中で紹介されたところでは、彼女は2歳9カ月の時点ですでに100首を覚えていたという。
もっとも、この話題を紹介したニュースサイト『新浪網』の掲載記事は、過剰な早期教育が子どもの心身にもたらす害を警告しており、中国人の間でもさすがにやりすぎを心配する人がいるようだ。
とはいえ、教育熱心な家庭で育った現代中国の若者は、子どものうちに有名な漢詩にあらかた触れている。
漢詩は「教養以前」の代物
また、そもそも中国では、政府が定めた義務教育課程標準(日本でいう学習指導要領)の範疇に限っても、小学生のうちに75首の漢詩を習うことになっている。たとえ辺境の農村の子どもであっても、小学校にさえ通っていればかなりの数の漢詩を目にしているのだ。
事実、『原神』に出てくる李白の「把酒問月」や王安石の「梅花」は、政府の義務教育課程標準には含まれていないものの、ちょっと教育熱心な親がいる子どもであれば小学生までに必ず触れていると思える漢詩だ。
同じくヨォーヨの必殺技名の元ネタである駱賓王も、彼が7歳にして作詩したと伝わる「詠鵝」(鵝を詠む)は、中国の幼児が人生で一首目に覚える漢詩である。子どもにとっては李白や杜甫よりも先に名前を聞く有名人なのだ。
さらに李煜の「相見歓」は、中国の義務教育課程標準では中学校で必修である。しかも、1983年にテレサ・テン(鄧麗君)がこの漢詩をそのまま歌にした歌謡曲「独上西楼」を発表しているため、中国社会では懐メロの歌詞として広く知られている。
『原神』に出てきた古典由来の言葉は、実は現代中国の若者にとって身近なものばかりなのだ。彼らが自分の意志で作品に触れたのか、詩句の意味を理解しているのかはさておき、中国人の間でこの程度の漢詩は「教養以前」の代物なのである。
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