2023年9月付の内閣府「外交に関する世論調査」では、中国に「親しみを感じない」と回答した日本人が86.7%に達し、調査開始から最悪の数字に達した。ところが、今年の夏休み映画の目玉『キングダム 大将軍の帰還』は、興行成績75億円、約513万人を動員する大ヒットを記録した。世論調査の結果は「中国ぎらい」なのに、日本人俳優が古代中国人を演じる映画を好んで見ているのが、われわれ日本人だ。

 この矛盾の理由は、多くの日本人が『キングダム』や『三国志』に登場する歴史上の中国と、航空機の領空侵犯や沖縄への取り込み工作を繰り返している現代の習近平政権の中国を、完全に“別物”だと考えているためだ。しかし、この考えは日本人が勝手に思い込んでいるもので、中国人自身は歴史の延長線上で政治やビジネスをおこなっている。

 ジャーナリストの安田峰俊氏の新著『中国ぎらいのための中国史』(PHP新書)は、現代中国における「中国史」の姿を描き出した一冊だ。たとえば、日本人が漢文の時間でおなじみの李白の漢詩も、現代の中華美少女ソシャゲにポンポン登場するようで……。著書より一部抜粋のうえで、現代中国の人気ゲームと漢詩のつながりを探る。

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中華系美少女ゲームに登場する奇妙なセリフ

『原神』というゲームをご存じだろうか?

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 これは中国のソーシャルゲーム企業・miHoYo(上海米哈遊)が2020年9月にリリースした、オープンワールド・アクションRPGだ。アニメ調のハイクオリティな美少女のキャラクターのデザインと、広大な世界を探索する面白さが評判の作品である。

『原神』。同じく中華系ゲームの『アズールレーン』などもそうだが、近年の中華系ソシャゲは一見すると「中国っぽさ」を感じさせない作品が多い。だが、セリフや必殺技を掘っていくと伝統中華のDNAが……。 ©getty

 Android・iOS・PS4(翌年にPS5も)など各種のプラットフォームで展開した『原神』は、中国のみならず世界各国で人気を博し、Google PlayとアップルのAppstoreの双方で2020年のゲーム部門大賞を獲得した。

 もちろん日本でも好評で、リリースから四年後の現在でも秋葉原などでしばしば大きな看板広告が出ている。日本語版の声優陣には、堀江由衣・田中理恵・田村ゆかり・小清水亜美ほか数多くのビッグネームが名を連ねており、中国企業の資本力を感じる作品でもある。  

 一方、miHoYoの社名が初音ミクを意識して命名されている点からもわかるように、『原神』の作風は日本のアニメやゲームの影響を強く受けている。というより、中国のゲームだと言われなければしばらく気がつかないほど、日本のゲームそのままに見える。

 ただ、注意深く観察すると、キャラクターのセリフや固有名詞から「中国」らしい要素が感じ取れる。

「『今人は見ず古時の月、今月はかつて古人を照らせり』っていうけど…じゃあ、師匠が昔見た月と今空に浮かんでる月は同じものなの?」

 こちらは2023年9月29日、『原神』のX(旧ツイッター)日本向け広報アカウントがポストした、女性キャラクターのセリフである。

本文中でも紹介した「原神」公式Xアカウントの中秋節のポスト。

 この時期はちょうど中国の中秋節(中秋の名月を愛めでる祝日)にあたり、ゲーム内では全世界的に中秋節イベントがおこなわれていた。『原神』は中国のゲームなので、セリフのテキストは本来は中国語で書かれたと思われる。

李白の漢詩を引用する中華ゲーム

 このセリフに登場する言葉の原典は「今人不見古時月、今月曾経照古人」。すなわち、唐の詩人・李白の七言古詩「把酒問月」(酒を把とりて月に問う)の一節である。 

 これは李白が月に向けて語りかけた内容の漢詩で、引用部分は、はるか昔から月がこの世を照らし続けていることを述べたものだ。