ほかにも『原神』に登場するセリフや固有名詞には、中国古典や漢詩を踏まえたものがかなり多い。作中の漢語表現の解釈をおこなっているXのファンアカウント「原神漢字研究所」(@genshin_kanji)によると、ほかにも以下のような事例が確認されているという。
・あるキャラクターが送ったメールの文中にある「寒を凌いで独り自ら開く」という引用句は、北宋の王安石の五言絶句「梅花」のなかの「凌寒独自開」から。
・ゲーム中の選択肢に登場する「独り西楼に登れば」は、五代十国南唐の最後の国主で詩人だった李煜の詩「相見歓」のなかの「無言独上西楼」(言無く独り西楼に上る)から。
・キャラクター「ヨォーヨ」の必殺技名「玉顆珊々月中落」や彼女の操作チュートリアル動画「雲にまで漂い昇る木犀の香り」の元ネタは、おそらくは初唐の詩人・駱賓王の詩「霊隠寺」の一節「桂子月中落、天香雲外飄」(桂子月中より落ち、天香雲外に飄る)から。
「原神漢字研究所」によると、『原神』にはほかにも『詩経』や『孟子』『荘子』『孫子』などの中国古典が元ネタの表現がみられるようだ(ほかに『万葉集』や世阿弥など日本の文学作品がベースになっていることもある)。
また、同じく日本で人気の中華系ソーシャルゲームの『アズールレーン』や『ニキ』シリーズなどでも、章の題名や必殺技などに漢文調の言葉が使われている事例がある。
なかでも、蘇州の会社が開発した美少女着せ替えゲームの『ニキ』シリーズは、ゲーム中で「唐王朝風のコーデをしよう」といった歴史系のミッションが少なくない。『原神』と違ってそれを考察するファンアカウントなどは存在しないものの、漢詩が元ネタのセリフやアイテムは多そうに思える。
2~3歳児が「春眠暁を覚えず」の一節を暗唱するのは当たり前
こうした中華系ゲームのテキストからは、「さすが中国」と思わせる教養を感じる。ただし、これらは中国国内の人たちにとって、日本人が想像するほどには深い教養ではないという点にも注意が必要である。
理由は中国における漢詩教育だ。
私は一つ前の「科挙」の節(本書『中国ぎらいのための中国史』p144〜)で、現代中国の詰め込み教育や受験地獄について紹介した。これは彼らの古典である漢詩の教育についても同様だ。
強烈な学習熱は早期教育の世界にも及んでおり、ネットをちょっと検索するだけで「2歳の子どもが必ず暗唱するべき漢詩30首」や「3歳までに絶対に覚える50首」といったおそるべき内容の記事が数多く見つかる。