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映画は“ブラックフライデー”の前夜から始まる

 大ヒット上映中の『ラストマイル』は、米系のネット通販企業であるデイリーファストの書き入れ時である“ブラックフライデー”の前夜から始まる。羊急便がデイリーファストの荷物を配送すると、木造アパートの一室が吹き飛ぶ大爆発が起こる。爆発する危険がある荷物はそれだけではない。少なくとも10個以上あるという状況。

 しかし、デイリーファストの物流センター長に赴任したばかりの舟渡エレナ(満島ひかり)は、爆発する荷物がまだ残っていることを知りながら、あの手この手を使って、爆発物があることをごまかそうとする。

満島ひかり演じる舟渡エレナ(映画『ラストマイル』公式Xより)

 彼女は社是である「カスタマー・セントリック(顧客第一主義)」を錦の御旗として振りかざし、センター運営の効率維持に邁進する。

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 カスタマー・セントリックという言葉は、アマゾン・ドット・コムの社是である〈カスタマー・オブセッション(顧客中心主義)〉を彷彿させる。

 その物流センターにおける正社員はわずか9名、あとは700人を超すアルバイトが彼らの手足となって働く。正社員に比べ、アルバイトが多い点もアマゾンと酷似する。このいびつなほど高いアルバイト比率も、映画中では重要な意味合いを帯びてくる。

 爆発物の配送を恐れる羊急便の八木竜平(阿部サダヲ)は、デイリーファストの配送を止めようとする。けれども、舟渡エレナは、配送を中止するなら羊急便との取引を中止する、と脅しをかける。羊急便の取引の6割をデイリーファストが占めているため、首根っこを押さえられている状態だ。

 全国に張り巡らされた宅配便のネットワークの中に爆発物が紛れ込めば、いつどこで次の爆発が起こってもおかしくない。映画全般に張り詰める緊張感はここに起因する。

 テンポよく展開する物語、前半に張られた伏線を1つずつ丁寧に回収していく筋立て、役者陣の好演――と映画を観る楽しみを味わえる要素が揃っている。

 個人的に好きだったのが、弁護士役で出演した薬師丸ひろ子。来年還暦を迎える私の世代には、ぐっとくる女優だ。

十分に物流業界の現状を下調べして作られた映画

 同時に、90年代から物流業界を取材してきた身としては、この映画が十分に物流業界の現状を下調べして作られたことを意識せざるを得ない。