1ページ目から読む
3/3ページ目

「なんでもするというのなら、このビルの屋上から飛び降りろ」

 どうにもならずに進退窮まった男性が、なんでもやりますからどうしたらいいのか教えて下さい、と懇願すると、上司は、

「なんでもするというのなら、このビルの屋上から飛び降りろ」

 と言い放った。

ADVERTISEMENT

 映画を観ながら、何度もこの言葉が私の頭の中で反響した。

「DAILY FAST」の巨大物流倉庫(映画『ラストマイル』公式Xより)

1個の運賃は150円。「実は昨日、クモ膜下出血で…」

 私が軽トラックの配送車の助手席に横乗りしたのは2014年早春のこと。軽トラのドライバーのほとんどは、宅配業者の下請けの個人事業主。業界では、「一人親方」と呼ぶ。

 朝7時から都内の住宅地でヤマト運輸の下請けとして働く50代のドライバーの助手席に乗せてもらった。

 映画に出てくる有限会社佐野運送(火野正平が父・佐野昭を演じ、宇野祥平が父のもとで配達員見習いになった佐野亘を演じる)が、一人親方だ。

息子と運送会社「羊急便」の委託ドライバーを務める佐野昭役の火野正平(映画『ラストマイル』公式Xより)

 1個の運賃は、映画と同じ150円。

 朝一番に荷物を積んだドライバーが真っ先に向かったのは配送センターの裏手にあるマンション。350戸を超える戸数があるにもかかわらず、宅配ボックスはわずか20個。不在の荷物6個を宅配ボックスに入れると、ドライバーはホッとした表情でこう言った。

「ここを佐川急便や日本郵便に先に取られると、再配達となり手間がかかりますからね」

 夜9時までかけて運んだ荷物は約100個。ドライバーが手にする運賃は1万5000円。労働時間14時間とすると、時給換算で1000円強。しかし、ガソリン代や車検代、保険代などの諸経費は全部自分持ち。そうした経費を差し引くと、時給は800円台にまで下がり、全国平均の最低賃金を下回る。

 私は1日200個を配送するという夏の繁忙期に、もう一度、横乗りさせてもらおうと、男性に連絡した。

 何度か「まだ忙しいから待ってほしい」という返事がきたあとで、ようやく明日、横乗りとなった夕刻、男性の妻からメールが届いた。

「主人ですが、実は昨日、クモ膜下出血で病院に搬送されてしまいました。/その為、申し訳ございませんが、今回の横乗りはキャンセル願います。/主人に代わり、ご連絡まで」

 男性は退院後の後遺症もないくらいに回復した。しかし、軽トラの仕事には見切りをつけ、別の仕事に就いた。

 こうした厳しい現場の現実を知って映画を観るなら、より一層味わい深くなるはずだ。