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ヤクザとやり合っていたら、いつのまにか信頼を獲得し…

ーー損保会社の仕事でヤクザとやり合いつつ、「強気な弁護士がいる」との噂が広まり、ヤクザから刑事弁護の依頼が増えてきたそうですね。

山之内 そうなんです。(3代目山口組時代の最高幹部の)小田秀臣さんが率いた小田秀組傘下の人が私のウワサを聞きつけて、刑事裁判の弁護を依頼してきました。後に親分の小田秀臣さんに紹介されたんですが、『ヤクザも顧問弁護士を持たなあかん時代や』という考えの人でした。

©深野未季/文藝春秋

ーーそれで小田秀組の顧問を引き受けたのですね。仕事内容、顧問料はいかがだったのですか。

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山之内 顧問を始めたのは昭和54(1979)年、55(80)年ごろ。顧問料は月に5万円。傘下団体の組員の刑事弁護を引き受けることが多かったです。組員はたくさんいますから。若い衆がケンカしたとかは日常のこと。暴力団にとって弁護士は必要だった。民事介入暴力のような違法な仕事を手伝ってくれと頼まれることもありましたが、あくまで弁護士以外の仕事はきっちり断っていました 。

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 山口組傘下の小田秀組の顧問弁護士から始まった山之内氏の仕事は、さらに巨大組織全体へのアドバイザーとして活動範囲を広げることになる。#2では顧問としての活動だけでなく、山口組最高幹部たちとの知られざる交流についても詳細を明かしていただいた。

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