前例のない手法を使ったり、現場でどんどん台本を書き足していく大林監督のやり方に混乱するスタッフやキャストは少なくなかったという。そして彼らは映画が完成したとき初めて、「自分はこんな映画に参加してたのか!」と驚くのだった。

2019年 ©文藝春秋

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『HOUSE/ハウス』のアイディア

―― 『HOUSE/ハウス』では千茱萸ちゃんがアイディアを出したんですよね。

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千茱萸 「家が少女を襲う」ことと、「7人の少女の食べられ方」のアイディア、草案です。ある日監督から「千茱萸さんたち世代が見たくなるような映画を作るとしたらどんなのがいい?」と訊かれ、ちょうど『ジョーズ』や『グリズリー』など、当時は巨大生物が人間を襲う映画が流行っていたので、生きものが人間を襲うのは当たり前だから、生きていないものが人間を襲ったら面白いねと、お家が女の子たちを食べていくというアイディアを出したのがきっかけでした。

 60年代後半~70年代の監督はコマーシャルの撮影のためほとんど日本にいなかったので、私は尾道の監督の生家で祖父母と暮らすことが多かったんですね。そこは古いお屋敷で庭に昔ながらの井戸があり西瓜を冷やしたり、トイレもくみ取り式の和式で、小さな私は落ちるんじゃないかといつもドキドキして、子どもにはぞっとするような雰囲気の怖いお部屋がいっぱいありました。

『HOUSE/ハウス』撮影現場の大林宣彦監督 ©大林宣彦事務所

 そんな環境に想像力をかき立てられ、「井戸からくみ上げた西瓜が生首になっていたら怖い」。お布団の上げ下ろしで押し入れからお布団がバーッと自分にかぶってくるのがすごく怖くて「お布団に食べられるみたい」。古いピアノを弾いていると鍵盤に爪が引っかかってパキッとなる。それで「ピアノに食いつかれるみたい」。当時の私は髪が長いのが自慢でしたが、お風呂上がりに髪をとかしながら「鏡の中の自分が襲ってきたら怖い」――、そんな幾つかのアイディアを桂千穂さんが脚本にきれいに組み直して下さいました。撮影を見学しに行くと監督から「これはどう? これは怖い?」と訊かれ、さらに現場で工夫して面白くして。美術も映像もカメラもスタジオもセットも贅沢。自分の頭の中の空想がリアルに目の前にある、夢のような現場でした。

恭子 東宝の松岡社長が、「みんなに分からないような映画を作ってくださいね」と、面白いことを言ってくれたので、監督はやりたいことを全部やったんじゃないですかね。

―― 子どもが怖いなと思うイメージを映像化してみたら、あのような映画になった。僕も中学生の時に映画館で見ましたけど、本当に大入りで、反応がすごかった。