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「頼むから俺と似たような作品を撮らないで欲しい」

千茱萸 でもいつだったか――、監督がロケ現場でぽつんと佇んでいるときに、不意に私が「今回はどういう映画になるんだろうねぇ?」と聞いたら「オレもわかってないかもしれないね」と、ナニかを捕まえるかのように空を見上げたことがあったのが印象的でした。現場では誰も理解しきれなかった監督の真の意図が、編集やアフレコを経て、最終的には確信犯的に「嘘から出た真」をたぐり寄せる。これは誰にも真似ができないという意味で唯一無二の天才的な映画づくりであったと思います。そして完成した映画を観てはじめてスタッフ、キャストのみなさんが「自分はこんな映画に参加してたのか!」と驚かれる。そこで「監督を信じて良かった」「また大林組に参加したい!」と仰って戴けることが嬉しかったです。そういう意味では常に道を、扉を開く人でした。

©藍河兼一

―― 『デンデケ』では、前例のないものを作るって、これだけ苦労するんだというのを間近で見させていただきました。そうやって苦労して新しいスタイルを作っても、3本ぐらいやったらそれを捨てて、また違うスタイルを作る。それをずっと繰り返してましたよね。

恭子 たぶん小説を書くのと一緒でしょうね。何か新しいものに挑戦するという。

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千茱萸 私によく言っていたのは、自分の真似をするなということ。自分が自分の真似をし出したら作家としては終わりだ。褒められると、人はその褒められたものをもう一回やりたくなる。でも絶対に俺はやらないんだと。

―― 本当に実践されてましたね。

千茱萸 若い作家さんたちから大林監督に憧れて映画監督になった、尾道に行ってロケをするのが夢ですと言われると、「もし本当に俺の映画が好きなら、頼むから俺と似たような作品を撮らないで欲しい。むしろ俺がぜったいに撮れない、嫉妬するような映画を作って見せてくれ」と言ってました。それが「大林の2番ではなく、アナタ自身の1番の映画なのだから」と。

注釈
1)薩谷和夫 美術監督。『HOUSE/ハウス』以降の大林作品の美術を1993年に亡くなるまで担当した。代表作『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』『青春デンデケデケデケ』など。

2)ラッシュ 現像が上がったフィルムを試写室で上映すること。モニターがない時代は、ここで初めてどんな映像になったのか見ることができた。

3)差し込み 差し込み台本のこと。印刷された決定稿からさらに変更する部分の台本。現場でスタッフ、キャストに配布される。