「大塚、なんとかならないのか」元横綱の東富士が席にやってきて…
今度は、東富士(あずまふじ)が大塚の席にのっそりとやってきた。
東富士の、巨腹を利しての寄りは、“怒濤の寄り身”と形容されていた。優勝を6回もした横綱でありながら、力道山に誘われてプロレスラーに転向していた。プロレスラーとしての彼は、アメリカでは「動くフジヤマ」「ヨコヅナ・レスラー」といわれて人気があったが、日本での人気は、力道山に遠くおよばなかった。
東富士は、大塚のそばに来るには来たが、何も言わないで引っこんだ。
東富士は横綱時代も、「江戸っ子謹ちゃん」といわれ、淡白な性格と言われていた。
つぎに安倍が大塚の席にやって来て、苦りきった表情で頼んだ。
「大塚、なんとかならないのか」
「なんとかなるもならないもないね」
力道山と改めて話し合うことに
安倍は、今度は力道山を大塚の席へ連れて来た。そばで力道山を見ると、さすがに大きい。
力道山は、大塚の肩に手をやって言った。
「夕方の6時に、来てもらいたい。そのとき、話し合おう」
「わかった」
大塚も、ひとまず引きあげることにした。
大塚が、50人に声をかけた。
「全員、退席!」
50人が引きあげると、店の中には1人として客がいなくなった。開店日だというのに、一般の客は、1人も入らなかったことになる。
「美空ひばりが、力さんに会いに来ている」
大塚は、昼の喫茶店から夜のバーに替わる6時過ぎ、約束どおり『純情』を訪ねた。
専修大学の江藤豊がついてきていた。江藤は、テーブルに座ると、ボーイに言った。
「大塚が力さんに会いに来た、と伝えろ」
ボーイが引っこんだ。が、力道山は、なかなか出て来ない。
10分はたった。いいかげん嫌気がさしていると、ボーイがテーブルにやって来て言う。
「美空ひばりが、力さんに会いに来ている。力さんは、ひばりの前では話にならない、と言っている」
大塚の頭に、血が上った。
「夕方また来てくれ、と指定したのは、力道山のほうだぜ。そっちの都合で変更があれば、申し訳ないけど、また明日にでもとか、言い方というもんがあるだろう」
その夜、安藤昇のいる社長室に、森田雅(安藤組の大幹部)、花田瑛一が、大塚を伴って現われた。花田が、安藤に説明した。
安藤は、話を聞くなり、吐き捨てるようにいった。
「プロレスラーに、用心棒までされて、たまるか。用心棒は、われわれの収入源と同時に、縄張りの誇示だ。面子だ」
安藤は、じつは力道山については、前にも不快な思いがあった。