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幸山氏は自身の下した判断をどう振り返るのか。また、後続の動きが活発化している現在をどう見ているのか。熊本市の事務所で話を聞いた。

もし「あなたのせいで」と言われたら…

――ゆりかご設置を許可したことについて、今振り返ってどう思いますか。

認可した当時から今まで、(認可は)正しい判断だったのか、考え続けています。もし、将来、預け入れられた子が目の前に現れて、あなたがゆりかごをつくったせいで、自分は親から離された(親がわからない)、と言ったら、自分はどう答えるだろうか、と悩んだ時期もありました。

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遺棄罪、戸籍法、あるいは児童虐待防止法に抵触しないかなど、さまざまな角度から慎重に検討を行った結果、許可を決断しました。赤ちゃんポストによって救われる命があるのならと。でも、当事者である子どもにとってはそうした一般論は関係のない話ですから。

厚労省の態度を変えた安倍元首相のひとこと

――当時の国との交渉はどのようなものだったのでしょうか。

実は厚労省の対応は親身だったんです。熊本市では、幹部である統括審議官が指揮して庁内横断の連絡会議を設置しました。戸籍法や遺棄罪、児童福祉法など、関係するすべての法律について関係部局と議論をし、問題になる可能性のある項目について厚労省と法務省に問い合わせをしています。

審議官は六法全書をすべて洗い出したと言っていました。そうやって整理して出した問題点に対し、厚労省も法務省も親身で打ち合わせは進めやすかったと聞いています。

私たちは2007年2月に厚労省で局長と面会しました。「安全性が確保されれば赤ちゃんポストの設置は明らかに違法とは言えない」という厚労省の見解を文書で出してほしいと要望し、局長は了承しました。ところが、その翌日、安倍晋三首相(当時)が「ポストという名前に大変抵抗を感じる。匿名で子どもを置いていけるものをつくるのがいいのか。大変抵抗を感じる」と強く反対姿勢を示しました。