唯一の救いだった女子プロのテレビ中継
初めて千種が家に入ると、一番上の男の子が千種を嫌な目で見た。その目は「邪魔者は出て行け」と言っていた。
最初は作ってもらえた弁当も、そのうちに「パンでも買って食べて」と金を渡された。成長期に入り、パンだけではとても足りなかったが「お前は本当によく食べる。父親から送られてくる生活費じゃ足りない」とイヤミを言われれば何も言い返せなかった。
牛乳代のことを口に出せない千種は、水道の水でパンを流し込んだ。
我慢できなくなると、千種はパン代を節約して神戸の両親の家に電話をかけた。
「もうイヤだ。早く迎えにきて!」
しかし、母親はすでに三宮近くの小さな飲み屋で働いており、簡単に帰ってこられる状況ではなかった。ひとりぼっちの千種は、布団の中で声を立てずに泣いた。
中学に行けば制服がある。制服のスカートをはくと、自分が女以外の何者でもないことを思い知らされた。まもなく初潮が訪れた。千種は叔母に言い出せぬまま、ひとりで薬局に行って生理用ナプキンを買った。屈辱だった。
孤独に苛さいなまれた千種は勉強はもちろん、喧嘩さえもできなくなった。心に大きな穴が空いてしまって何もする気が起こらず、他人と話すことが苦手になった。
千種にとって唯一の救いはテレビの女子プロレス中継だった。
この時ばかりは、気が狂ったように暴れてチャンネル権を死守した。テレビを抱きかかえ、額を画面にくっつけるようにしてビューティ・ペアを見る千種の横を、上の男の子が「キチガイ!」と吐き捨てながら通り過ぎた。
その言葉を聞いた千種は、心中密かに「その通りかもしれない」と思った。千種の腕にはカッターナイフで彫られた「女子プロレス」の文字があったからだ。