80年代に「クラッシュ・ギャルズ」の一員として一世を風靡し、女子プロレスファンの女性たちを夢中にさせた長与千種。9月に配信されたNetflixドラマ『極悪女王』でもその活躍が描かれ、悪役レスラー・ダンプ松本の永遠のライバルとして視聴者たちの心を掴んだ。

 ここでは、プロレスをテーマにした数々の著作を持つライター・柳澤健さんの『1985年のクラッシュ・ギャルズ』より一部を抜粋して紹介。長与千種の子ども時代と、小学5年生にして失った、あまりにも大きなものとは……。(全4回の1回目/続きを読む

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長与千種の子ども時代

 父親は千種を男として育てた。洋服も靴も鞄も青いものばかり。おもちゃはミニカーであり怪獣であった。

 母親が初めて買ってくれたビニールの赤い靴のことを、千種は今でも覚えている。可愛いひまわりの絵が大好きだった。

 しかし、赤い靴を履けば父親の機嫌が悪くなる。千種は赤い靴を靴箱の奥に隠し、時々出しては頬ずりして、再びしまい込んで青い靴を履いた。

長与千種 ©文藝春秋

 小学校に入学する少し前、父親は黒いランドセルを、母親は赤いランドセルを買ってくれた。どちらも選べない千種は両方ともドブに捨て、改めて買ってもらったショルダーバッグを肩にかけて学校に行った。

 バッグの中身はカラだった。教科書は学校に置いたままだったからだ。

 母親の頑張りの甲斐あって、バーの経営は順調そのもの。「リヨン」の他に市内に6軒の店を出した。自宅の下の「リヨン」には従業員用の大きな黒板があり、父親はその黒板を使って小学校1年生の千種にかけ算や割り算、難しい漢字を教え込んだ。

「学校の先生は通りいっぺんのことしか教えない。みんなと同じことをやっていたら、同じ位置に留まるだけだ。みんなと同じことをするのは無駄だから遊んでこい。学校は遊びに行くところだ」

 父親の言葉は絶対だった。

 学校のテストは簡単すぎた。あっという間に解答用紙に答えを書いてしまい、後はずっとキョロキョロしていた。「先生からすれば、さぞかしクソ生意気なガキだったはず」と現在の長与千種は笑う。

 成績はずっとオール5だった。だが、父親からは強い男の子であることを、母親からは可愛い女の子であることを求められて、千種の人格は必然的に引き裂かれていく。