1ページ目から読む
3/4ページ目

 飛鳥はそう申し出たが、国松は認めなかった。

「すでに男子のプロレスでは、タイガーマスクが回し蹴りやローリング・ソバット(後ろ蹴り)を使い、小林邦昭や前田日明も空手技を使う。打撃技は流行になっている。投げ技と固め技が中心の女子プロレスの中で、空手という打撃のイメージは新鮮な印象を与えるはずだ」

 国松は飛鳥をそう説得した。

ADVERTISEMENT

 社命には逆らえず、飛鳥は渋々空手特訓を続けた。

 かっこいいチーム名をつけようと頭を悩ませる2人に「クラッシュ・ビーというのはどう?」と提案したのはデビル雅美だ。以前に観たハチが人家を襲う映画のタイトルが、確かそんな名前だった。2人はその名前が気に入ったが、やがて語呂をよくしようと「クラッシュ・ギャルズ」に変えた。

赤と青

 1983年8月27日は長与千種とライオネス飛鳥にとって特別な日となった。

 ふたりはクラッシュ・ギャルズを名乗り、後楽園ホールでWWWA世界タッグ王者のジャンボ堀&大森ゆかりに挑戦したのである。

 意外にも、この日の後楽園ホールは超満員となった。

 試合前、千種と飛鳥の名前がコールされた時には、無数の紙テープが飛び交い「チグサ!」「アスカ!」という大声援が送られた。

 昨日まで、紙テープが飛ぶことなどほとんどなかった自分たちに大声援が送られている。千種と飛鳥は大いに驚いたが、王者である堀と大森はもっと驚いた。

 6月17日に旭川市総合体育館でデビル雅美&タランチェラ組からWWWAタッグのベルトを奪った堀と大森は、7月9日にはジュディ・マーチン&ベルベット・マッキンタイヤー組を破って久しぶりに東京に戻ってきたばかり。この日の後楽園ホールでは、自分たちこそが主役になるはずだった。ふたりはフリルのついた可愛らしい水着を新調してはりきっていたのだ。

 ところが、いまや観客の声援は千種と飛鳥に集中している。

 千種が出れば「チ・グ・サ!」

 飛鳥が出れば「ア・ス・カ!」

ライオネス飛鳥 ©文藝春秋

 少女たちのコールは途切れることなく繰り返された。

 堀と大森は面白くない。

 クラッシュ・ギャルズのふたりもまた、水着を新調していた。

 千種がデビル雅美にイメージを伝え、渋谷のチャコットに注文してもらったのだ。千種に金銭的な余裕はまったくなかったから、代金の3万円はおそらくデビルに借りたのだろう。

 水着の色は長与千種が赤、ライオネス飛鳥が青だった。

 千種は赤が好きだったし、飛鳥もジャッキー佐藤が着た青い水着を身につけることにためらいはなかった。