9月に配信されたNetflixドラマ『極悪女王』は、実在するプロレスラー・ダンプ松本を主人公にした物語だ。凶器を振り回し、試合相手を流血させるシーンは今作の大きな見どころの1つである。

 ここでは、プロレスをテーマにした数々の著作を持つライター・柳澤健さんの『1985年のクラッシュ・ギャルズ』より一部を抜粋して紹介。

 長与千種とライオネス飛鳥による「クラッシュ・ギャルズ」の人気が爆発していた頃、突如としてダンプ松本が誕生したのはなぜなのか。ドラマにも登場した“あの武器”による攻撃の裏側にも迫る。(全4回の4回目/最初から読む

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ダンプ松本 ©文藝春秋

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クラッシュギャルズに女子中高生は熱狂

 女子プロレス人気復活の手応えを感じたフジテレビは1984年7月、5年ぶりに女子プロレス中継をゴールデンタイム(関東では月曜7時からの30分番組)に復帰させた。

 8月21日にはデビューシングル「炎の聖書(バイブル)」も発売された。プロデューサーは飯田久彦、振り付けは土居甫。ピンク・レディーのコンビである。

 千種や飛鳥が歌を歌いたかった訳ではない。全女を経営する松永兄弟も、むしろ芸能界を嫌っていた。プロレスラーに歌を歌わせたいのは、中継するフジテレビだった。「レスラーに歌を歌わせなければ中継しない」という取り決めが、フジテレビと全女の間に存在したのである。

 レコードデビューからわずか4日後の後楽園ホール、クラッシュは初めてリング上で「炎の聖書(バイブル)」を歌い、観客席を立錐の余地もなく埋め尽くした女子中高生を熱狂させた。

 その熱気も覚めやらぬ中、クラッシュはダイナマイト・ギャルズの持つWWWA世界タッグ王座に3度目の挑戦を行った。

 まだ親衛隊は組織されていなかったものの、ハチマキとメガホンはすでに販売され、クラッシュの入場時には、少女たちが声を揃えて「チ・グ・サ!」「ア・ス・カ!」と叫ぶようになっていた。

ライオネス飛鳥 ©文藝春秋

 胸に「CRUSH GALS」と描かれた赤と青の揃いのパンタロンスーツに身を包んだクラッシュ・ギャルズのふたりがリングに上がる。ズラリと並んだ花束嬢が、今日が特別な日であることを物語る。コミッショナー宣言もリングアナウンサーによる選手紹介も、大歓声にかき消されてほとんど聞こえない。

 赤コーナーの大森ゆかりとジャンボ堀がまず紹介され、続いて青コーナーのクラッシュ・ギャルズがコールを受ける。

 最初に紹介されるのは長与千種だ。華奢な千種は19歳という年齢よりもずっと幼く見える。「胸を張り、拳を突き上げて紹介を受ける、泣かんばかりの表情、長与千種」という志生野温夫アナウンサーの表現は実に的確だ。千種が両手を高く掲げると、かつてない量の紙テープが乱れ飛んだ。

 続いてライオネス飛鳥が緊張した面持ちでコールを受ける。「これだけのファンの声援が、本当に胸にこたえるライオネス飛鳥」という志生野アナウンサーの表現は、これまでの飛鳥の苦悩をそのままに伝える名調子だ。