ダンプ松本の誕生
同期ふたりの活躍を間近で見ていた松本香は、心穏やかではいられなかった。
フィジカルエリートで、自分とも仲のいいライオネス飛鳥はともかく、どうしようもない落ちこぼれだった長与千種までもが、いまや自分の遥か先を走っている。
ある意味でそれは必然だった。松本香は何もできないレスラーだったからだ。
押さえ込みも弱く、臆病な性格で、選手たちがベチャと呼ぶコーナー最上段からのダイビング・ボディプレスも怖くて跳べなかった。
しかし、プロレスが身体能力でやるものではないことは、すでに長与千種が証明した。必要なのは観客の心理を操作するための戦略であり、秩序からの逸脱であり、先輩を思いきり殴りつける勇気であり、自分も思いきり殴られる覚悟であった。
松本香は名前をダンプ松本と変え、金髪に染め、顔に派手なペイントをして、極彩色のコスチュームを身に纏うとまもなくデビル雅美の下を離れ、同期のクレーン・ユウ(本庄ゆかり)と共に、クラッシュ・ギャルズに対抗するヒール軍団・極悪同盟を結成した。
いまや女子プロレスの主役はクラッシュ・ギャルズ。
自分が全日本女子プロレスの中で地位を上げるためには、クラッシュ・ギャルズに敵対する以外ない。
かつて長与千種を排除しようとしたダンプ松本は、長与千種が演出するクラッシュ・ギャルズの世界観に最強の敵となって入りこもうとしたのである。
WWWA世界タッグチャンピオンとなり、次のクラッシュ・ギャルズの展開を考えていた長与千種は、ダンプ松本と極悪同盟の台頭を大いに歓迎した。
プロレスとは物語であり、物語であればこそ観客はわかりやすい正義と悪の対立を望む。ベビーフェイス(正義の味方)がヒール(悪役)に散々痛めつけられれば、観客席の少女たちは大いに興奮する。ヒールがチェーンや竹刀を振り回し、卑怯な反則行為を繰り返せば、観客の興奮はさらに増幅される。