長与千種を中心にした理由
新しいタッグチームの中心となるのがライオネス飛鳥ではなく、長与千種であることは、松永国松にとっては自明だった。
現在全女のトップにいるジャガー横田が偉大なチャンピオンであることは誰の目にも明らかだ。小柄であるにもかかわらず、全身は鋼のように鍛え上げられ、無類のスタミナと強靱なバネ、優れたバランス感覚を持ち、実力で全女の最高峰WWWA世界シングル王者にまで駆け上がった。王者になってもハードトレーニングを怠らないジャガーは正に後輩たちの模範だった。
しかし、ジャガー横田は客を呼べないレスラーだった。
本来、プロレスはスポーツではない。スポーツマンは勝利だけを目指すが、プロレスラーが目指すのは勝利ではなく、観客を満足させることだからだ。ふたりのレスラーは一致協力して試合を盛り上げ、観客にハッピーエンドを提供する。観客は満足して次の興行に足を運ぶ。
ところがジャガー横田がジャッキー佐藤を押さえ込んでWWWAの赤いベルトを巻いて以来、全日本女子プロレスを覆ったのは実力主義であった。
その結果はどうなったか。全日本女子プロレスの経営は危機的な状況に陥っている。
実力主義は破綻したのだ。
新しい全日本女子プロレスを作っていくためには、新しい発想を持つレスラーが必要であり、それこそが長与千種だった。
天才空手家による特訓
タッグチームの売り出しをはかるべく、国松は元デイリースポーツ編集局長であった植田信治コミッショナーを介して・極真の龍・と呼ばれた天才空手家・山崎照朝にふたりへの指導を依頼する。
デイリースポーツで格闘技ライターをしていた山崎はこの依頼を快諾、千種と飛鳥のふたりに「風林火山」の道衣を着せて8月13日から3日間、伊豆の稲取温泉で特訓した。
真剣勝負の世界に生きてきた山崎照朝は、プロレスがショーであることをもちろん知っている。10の力で蹴れば相手にケガをさせるなら、3分に絞って使えばいい。急所を外して蹴ればいい、とふたりに教えた。
長与千種にとって空手は小学校から慣れ親しんだものだ。千種は天才空手家の稽古に生き生きと取り組んだ。
だが、ライオネス飛鳥は空手に関しては素人である。プライドの高い飛鳥は空手が長与千種のイメージに近すぎることに反発した。
「千種の物真似はしたくない。空手特訓をやめさせて下さい」