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「本物の血を見せてこそプロフェッショナル」

 試合開始のゴングが鳴り、最初にケンカを売ったのは千種だった。

 先輩のジャンボ堀の顔を遠慮会釈なく思い切り張った。腹を立てた堀も渾身の力をこめて張り返す。その後は激しい殴り合い、蹴り合いが続き、試合は必然的にヒートアップしていく。

 この試合は押さえ込みルールの試合ではなかった。王者組の勝利は最初から決められているのだ。

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 長与千種は全女流の押さえ込みに一貫して否定的だった。押さえ込みですべてが決まるのならば、受け身を取る必要はない。スクワットをする必要も、縄跳びをする必要もない。身体のデカい人間が圧倒的に有利だ。

 そんなものを見ても観客は喜ばない。

 観客はつまらない真剣勝負ではなく、面白いショーを求めているのだ。

 プロレスは闘牛のようなショーでなければならない、と千種は考える。

長与千種 ©文藝春秋

 闘牛士の剣は深々と牛に刺さり、本物の血が流れ落ちる。

 本物の痛み、本物の血を見せてこそプロフェッショナルではないか。

 自分も本物の血を観客に見せたい。

 自分の痛みを観客と共有したい。

 観客自身に「痛い!」「苦しい!」と思わせたい。

 それを可能にするためには、どんなことでもしてみせる。

 女子プロレスを永遠に変えてしまう危険思想が、長与千種の中に芽生え始めていた。

敗れても満足した理由

 1本目をとったのは飛鳥だった。14分、大森ゆかりから片エビ固めでギブアップを奪ったのだ。

 2本目は千種がとられた。右膝を集中的に狙われ、ジャンボ堀にフォールされたのだ。

 3本目も再び千種がとられた。飛鳥が場外でパイルドライバーを出して大森を失神させたものの、千種が堀に放ったトペ(リング外へのダイブ)が飛鳥と同士討ちになり、意識を回復した大森の新技ブロックバスターに沈んだのだ。

 クラッシュ・ギャルズは敗れた。しかしそのひたむきで激しいファイトは後楽園ホールの超満員の観客を魅了し、後に年間ベストバウトを獲得するほどの好試合となった。

 控え室に戻った千種と飛鳥は、お互いの顔を見て息を呑んだ。顔がパンパンに腫れ上がり、目はその下に細く埋もれている。唇は切れ、口の中も血だらけだった。

 それでもふたりは大いに満足した。自分たちの戦いが観客を大いに沸かせたからだ。

 観客が支持したのが勝者であるWWWA世界タッグ王者ではなく、挑戦者のクラッシュ・ギャルズであることは明らかだった。

1985年のクラッシュ・ギャルズ

1985年のクラッシュ・ギャルズ

柳澤 健

文藝春秋

2014年3月10日 発売