劇作家で演出家の唐十郎(からじゅうろう)を捉えた唯一のドキュメンタリー映画『シアトリカル 唐十郎と劇団唐組の記録』がおもしろくなると感じたのは、冒頭の部分だ。
文机に向かって劇作家であり演出家でもある唐十郎が、夜中に万年筆でカリカリカリと文字を刻むように戯曲を書く場面から、この映画ははじまる。
その映像に被せて、監督の大島新が問う声が聞こえてくる。
「俳優の方が、演出家や劇作家より上という概念があるようにみえるんですけれど……」
唐十郎の気色ばんだ声が返ってくる。
「それは違うよ。なんでそんな言い方するの。なにを取材しているの、ここで! 帰れよ!!」
はじまって2分もたたないうちに、監督が小学生のように頭ごなしに𠮟りつけられる映画がおもしろくないはずがない。そう予感させる出だしである。
66歳の唐十郎vs.37歳の大島新
舞台劇『行商人ネモ』の脚本が出来上がるのは2006年の真冬のこと。14名の劇団員は、新しい脚本を手にし、聖書のようにほめたたえ、崇め奉る。66歳の唐十郎は劇作家としてだけでなく、役者としても脂がのっている時期だ。この映画のポスターが、舞台化粧をほどこした唐十郎の顔であることは偶然ではない。
対する大島新は37歳。大手テレビ局を辞め、はじめてとなるドキュメンタリー映画の題材に、唐十郎を据えた。初々しい画面からは、どうしても最初の作品をモノにしたいという熱量が伝わってくる。
脚本が完成した夜のこと。
唐十郎は3人の男性劇団員と赤提灯へと呑みに出かける。
さんざん演劇談義を披露した後、唐十郎は突然、立ち上がり、店を後にする。脇目もふらずコインランドリーに併設されたシャワー室へと入っていく。それをカメラと3人の劇団員が追う。
唐十郎は、分厚いコートを着たまま冷水のシャワーを頭から被りはじめる。
「みんなも入れ!」
という号令のもと、劇団員もシャワー室に入り、男4人が狭いシャワー室で冷水を浴びる。
唐十郎が、
「これが俳優だ!」
と叫びながら、カメラに向かって大見得を切る。
まさに狂気の沙汰である。
この映画がおもしろくなることを確信した瞬間だ。